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Author:アバヤ
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ヒマラヤ修行・・・行くまで・・・の巻の二



3月に入ると、計算する日々となった。

私の「気持ち」は、一生もので、行きたいに決まっている。
さまざまな理由で、さまざまな気持ちで、この修行が、どれだけ自分の望んでいたものなのか
というものだったからだ。

人生の大体のことは、普通、
行けない理由は三つ

行きたいと思いながら、本当は気持ちが固まっていない。
行きたいが、時間の工面、休みの工面ができない。
気持ちと時間は工面できたが、お金が足りない


でも、これらは、何とかなる可能性が高い。

私の場合は、この全ては整っていた。というか、気持ちがはじめから固まっていたので、
この修行を知った時から、実際に行く2年前から、工面していたからでした。

時間は、仕事をしている周りの人に、1年と少し前からお願いをはじめていた。
「インドに修行に行きたい。今回のは、ヨーガの行者として日本で言う得度に行くものなので、
どうしても10日が必要です。一生ものの事なので、行かせて頂きたい」


「行ったらええやん」     えぇーーーー?????

普通の会社で有り得るか?
しかも、周りのみんなが「行ったらええやん」って。

寸前になって、知らんとか言わんといてよ、マジで・・・・・・・と思いました。

お金も、地道に何とかした。



なのに、私の行けないかもしれないという最大の理由は、私自身の乗り物空間への
激しい反応でした。

パニック発作でしょう。

 二年間の間、私は変わっていないように思って焦っていましたが、
今にして思えば、そうではなかったのです。

 私は、とにかくチャレンジをしていました。

真っ暗な空間にチャレンジした。
伊丹~東京間の飛行機にチャレンジした。
次の年は、伊丹~鹿児島間の飛行機にチャレンジした。
避難用具の直下型の避難袋でビルの3階から閉所感と対峙しながら降りた。


数をあげたらキリがないが、常にこんな風にチャレンジしてみていた。

絶対的に避けたい事に、むしろチャレンジしてみていた。

吉野の金峯山寺では、仏教の仏との縁を結ぶ、結縁灌頂も受けたりした。
これは、パニック発作の起こる者からすると、絶対的に無理と言える行事内容だ。

中で行われる事は、他言できない風習があるので、詳しく述べられないが・・・・・

仏を灯明として、こころを落ち着けて生きていく、その感覚を体感として得る事のできる
儀式でもあった。

これは、絶対的に無理な内容だけれど、これが内なる「大いなるもの」をたよりに
こころ静かにできたとしたら、私は、何かつかめるはずだとも思った。

そんなこんなの縁
そんなこんなの努力は続けていたが、

そのころと比較しても、インドに旅立つ日が近づくにつれて、余計に症状とこころの反応は
嵐になってきていた。

3月に入ってから計算していたのは、キャンセル料がかかる日に、あと何日か・・・
という事でした。

それまでは、何とかなる・・・って。

一番行きたいことに対して、ここまで反応をする、それほど
パニック発作等のこころの掛け違えは、私たちに苦悩をさせるものです。

パニック発作に限らず、私たちのこころの反応には、それぞれの人の背景があります。
人生の出来事、ストレスの知らずの間での蓄積、深い哀しみ  等々。

私の場合は、
人生での出来事は、一つで撃沈するかもしれないという出来事が、
なぜだか、

これでもかこれでもかと、いくつもいくつも重なり続けたのでした。

少しの暇もなく、

ある時には、一つでも死んでしまいそうな出来事が、二つも重なったりもしながら。

それが、10年以上に渡って、一寸の暇のなくというくらいに起こり続けていたあげくの反応でした。
それが7年ほど前にはじめてハッキリ現れたパニック発作だった。

やむを得ないよなぁと自分では思った。でも、それを許しきれなかった。
弱い自分があるからだと思えた。

時々はこう思った。
私は、何か理由があるに違いないよ・・・・・・
こんなのおかしい、おかしすぎるよ・・・・

だって、人生でたった一つでも起こったら、撃沈しそうな出来事なのに、
こんなに起こり続けるなんて・・・
よほど実は強いんだなぁ・・・

かといって、何かおかしすぎる・・・何かが根本的に間違っているに違いない


そんな事を思いながら生きていた。


間違っているなら、もっと自分を調べつづけよう。
一つずつ必ず、修正していこう。

必ず、みつけよう。

必ず、通り抜けよう。

必ず、それが一体何なのかを悟ろう。


しかし、私はそのどん底の苦しみの中にあって、人を人生を恨みきるような事はなかった。
(しばしば、すねていたし、しばしば、どーせ私はと、ひねくれていたので、紙一重だったに違いない・・・)

どん底にあって、私はこう思った。
「こんな苦しみを味わうのが、この世界でたった一人だけで済むならいいのに」

「こんな苦しいのなら、どうぞ、誰にももう、こんな苦しみが訪れませんように」


私は、苦しいときにこそ、毎日毎日祈りつづけた。

自分と同じように苦しむ人が決していませんようにと。

朝起きると一番に、自分の部屋にこしらえてある 「おおいなるもの」に感謝する壇に向って

「どうぞ今日も、この世の全て、この世の生きとし生けるもの全てがしあわせでありますように」と。


結果的には、そのような日々の地道な地道な積み重ねが、
おおいなるものの導きを得て、人やおおいなるもののチャンスが いつも助けとなって
それらの日々を、踏み越えたのに違いない。


~つづく~






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