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Author:アバヤ
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昨日のヨーガクラスは、やはり、違った。
みなさんの事で、必要な事だけはダイレクトにわかった。
そのクリア感が違った。

せーふぁうたき(沖縄最大の聖地と言われる)
にはいくつかの祈りのポイントがありましたが、
その一つのエネルギーが、一番好きでした。
やわらかく、女性的なエネルギーでした。
面白い事に、沖縄では岩に神が降臨してくるという考えが文化的にあるようで、
そこも大岩でしたが、

私たちで言うところの巫女、沖縄ではノロと言うそうですが、
そのノロたちの長が聞得大君(きこえおおきみ)というのだそうですが、
その戴冠式とでも言うのでしょうか、それが行われる場所でもあったそうです。

近年まで男性禁制の聖地で、男性では琉球国王のみ入れた場所だそうです。
そして、この場でその任を頂戴するわけなのですが、
私が巡っていた時に、
ここは、まず、自らの内の女性性を再確認して高める場?
ここは、ヨーガ的に言うとプルシャ(縦軸のエネルギー)が降りるところ?
そもそもまず、聖地に入る前に、久高島(神の島と言われるそうです)に向って拝す場所が
あるのですが、私達は、ガイドさんを頼んでいたので、
そういう場所の説明も全てしていただけたわけなのです。

そこで久高島から光のパイプのようにこちらに向っているものを感じ取ったのです。
思考ではなく、そのイメージが一瞬だけ強く映像化されてしまって
観てしまったのです。
それで、そこの場の意味がわかったのでした。
(よく、観えたとか言われる方がいらっしゃいますが、
観えている間は、瞑想状態がすすんではいなかったりします・・・・・
脳が落ち着いていないために、思考の動きが脳の視覚野に働きかけて
見えるとか、思い出すとかと同じような状態になるのとは、分けていかなければ
地から足が浮きます。お気をつけください。
しかし、さらにさらにさらにさらに先では、別の意味として観るという事は
おきるようですが、それは、我々凡夫のものではありません。
イメージすることは大切です。 イメージングは素晴らしい力で育てねばなりません。
しかし、それとは分けていくのが健康的です。)

いくつかの場では、エネルギーの質が別でしたので、
そこの場で行われたことの意味が感じ取れました。
琉球王国時代、この文化の中では、霊力(これも勘違いなされませんように)は、
女性にしか降りてこないと言われていたため、
その霊力にて、国を守っていたのだそうです。
そして、王を。

もともと、平民であっても、男性にはノロがついたのだそうです。
全ての男性に。
霊力がないゆえ、女性が一人一人のノロとしての役割をしたそうです。
それは、男性の妻がその役割はしなかったそうです。
妻は妻の役割、ノロはノロ。
また、その妻も別の人のノロの役割をしていたというような事はあるのかもしれません。

このあたりの文化的歴史は、詳しく調べていませんし、
ガイドさんから聞いて、私が短い間に理解したことなので、もしかしたら
間違っているかもしれません。悪しからず。

国王のノロが聞得大君だという事だと理解しました。
国王のノロですから、まずは女性にしか降りない霊力ですからね、
女性性を高め、そして、自らの全てを癒し、
そして、今度は鍛え(男性性の気を強め、自らの内に男性性、女性性の気を
バランスさせる)
聞得大君も国王も、再生の場で、よりクリアな者となって、
プルシャとプラクリティをしっかりとバランスさせる(結ぶ=ヨーガ)場があって、
そこで国王から戴冠されるというような流れが、
私には直覚的に感じ取れたのでした。

そして、その戴冠の場はバランスでもありましたが、
少々男性性の気がありました。国王の気です。
そして、私が一番やわらかくて女性性の気が広がっていると感じたその場所は、
その、男性性の気の感じられた同じ岩の後ろ側だったのです。
それらは、一つの大岩だったのです。

それがわかって、ますます納得したのでした。
また、それらの儀式の場として用いられるようにならない、更なる古い時代から、
このうたぎは聖地であり、
民間信仰といいますか、土着の習慣でも ずっと、そこは使われていたのだそうです。

それも、その場で私にわかった事だったので、
ガイドさんに質問して確認したのでした。
特に、その女性性の気が拡がっている場は、
一般的なノロたちが、そこを使って霊力をクリアにしていた場だったのだと思います。

そして、プルシャ、縦軸の非常に強い男性性の降りてくる場所があり、
あまりに強く、「その手」の観光客は痛いという人さえいると
ガイドさんは教えてくれました。
私は、ノドのあたりがすんまり通らない特徴があるゆえ、
のどだけは、イガイガして痛かったです。

面白い事に、もともとは、せーふぁうたぎでは、
結ぶという事が行われていたわけですが、
既に今は世界遺産。
そのようなスピリチュアリティーの事は実際には行われていない。

自然とはすごいものです・・・
そうすると、どうなったかといいますと、
(これは、私が感じ取ったことですが)
そのプラクリティーが降りてくる場の反対の岩が自然に崩れ、
久高島が一直線に見えるように空間が空いてしまったのです。後世で。
ですから、そこは、プルシャの降りてくる
もともと、琉球神話では、もともとそこに神が降りてきたと言われる
ほぼ垂直の岩なのですが、
そこに久高島からのプラクリティーのエネルギーが
直接くるようになっていて、
縦軸と横軸が結ばれる場になってしまっていたのです。

今は、観光客が一番そこで、久高島を見るスポットとなっている、
そこが縦横のバランスのとれる場に変わっていたのです。
感動しました。おおいなるものの采配による、自然の出来事に。


そして、その縦岩も、はじめからそんな形状をしていたのかと
思われるようにそこにありましたが、
それは、もともとの状態とは違うことも直感的に感じ取りました。

ガイドさんと私は、質問の形をとったりしながら、
ガイドさんもセンサーのある人だったようで(今から思えば)
実際に知識としての事実と、自分がその場で感じとった事も含めて、
「そうです、そうです!」
「その通りなんです!」

と自分が説明もしていない事を話していく私に、
でき得る限りの説明をして捕捉してくださいました。


そして、上がり口から最初に行った場に戻ってきました。
儀式においては、そこが最後に戴冠する場でした。

私は、そこに一礼をこころの中でして立ち去ろうとしました。
「戻れ」という力が働きました。
ふりかえりました。何だかわかりませんでしたので、
もう一度歩みをすすめました。
「戻れ」という力が働きました。

しかし、理性でねじ伏せました。
最初に来たところだしね、もう全部観たしねと、観光客的な目線に切り替えて
降りて行きはじめました。

その時なのです、
ガイドさんに再確認しはじめたのは、
これらの場のエネルギーと、それら一つ一つの場の意味、
そして、最後にあの場で男性性のエネルギーと女性性のエネルギーを
「結ぶ」という場なのですね?
だから、王がノロに戴冠式のような形で、かんざしを挿す、
それが、その結ぶという事の象徴的な儀式であり、
聞得大君自体は、あの場で、完全なバランスとなる、結びの場なのですね?

とどんどん確認しはじめたのです。
実は、もちろん
そんなエネルギー的な説明は、ガイドさんからはされていませんでしたが、
ガイドさんも、
「そうなんですよ!」
「その通りです!」
「そうそう!」と私たちもどんどん結ばれていました。

そして私は言いました。
「それでわかりました!あの場の意味がわかりました!
すみませんが、ここでお待ちいただけないでしょうか?
私はちょっと戻って参ります」

そういい残して、ただの一礼では私の、
ここに来た意味が完成しなかった意味において、
「戻れ」という力が働いた場に戻って、
最後に、私の感じ取った全ての意味において
「ヨーガ」して、一礼しました。

そうするともう「戻れ」の力はなくなりました。
これで良かったのだ・・・・・・

戻ると友人とガイドさんが話していました。
話はこうだったんだそうです。
きっと、私が唐突に戻ったので、私達はヨガの教師だと説明することで
何かの言い訳にしたのかもしれません(怪しいもんではありませんが・・・)

そうするとガイドさんは、午前中にもヨガの先生が30人ほど来られましたと
言われたそうです。
我々は、団体でではなく、個人で来たかったのですと話すと、
ガイドさんは、
「あぁ、わかりました。それで・・・、はい、
それでなんですね!わかります、わかります。
そうなんですよね・・・・それでなんですね・・・・・・・」
と何度も何度も、何かを納得されていたそうです。

聖地領域を後にするとき、蝶が舞って出てきました。
ガイドさんが珍しい蝶らしく、説明してくださいました。
私たちの前の方は、この蝶を観るために、何十分も待ったのに
観れなかったのですよ?
とおっしゃっていました。

蝶に見送られて そこを出ると、
今度は、本当にここで、世界遺産領域を出ますという時に、
今度は三羽の蝶が舞いました。

何で二羽ちゃうねん   と思いましたが、
三羽である意味は後で思うところがありました。


ガイドさん自身が、ガイドしたいと思える人と、実はそうではない人はいるのだそうです。
スピリチュアルな場だという認識が、とても強い人でしたし、
ガイドさん自身個人的に巫女のような方でした。
それで、大変喜んで頂けたのか、
「もう増刷はしない、ある分だけしかない冊子なんです」
と聖地巡礼ガイドを下さいました。

私の更なる再生は、
もしかしたらおあずけ。

また来なさいのサインは、聖水がなかったことでした。
行くもよし、行かぬもよし。
でも、この後の人生で、
この時の事がつながる機会があるとしたら・・・・・・・・

それはまた、意味深く、この時の意味もまた己の中で解明されるのだろうと思います。

同じ場でも、感じ方は違います。
その場でどう感じるのか、
その場で何に気付くのか
それは、一人一人の中のシナリオの鍵がどう開くかです。
ロールプレイングゲームのイベントが起こる場所は、
実際の私たちの人生では、ある条件がそろったりする、
完全に一人一人におつらえられたシナリオによります。

誰かに良い場とチャンスの話が、
別の人のそれと一致するかどうかは、わからないのです。
スピリチュアル・スポットなんていう言葉が流行っていますが、
どうかみなさま、
あなたのスピリチュアル・スポットは、一人一人にとって、
その時々によって、最高の場があるはずです。
惑わされず、
自らの内に問う力、自らの内から素直に出てくる力を養うことで、
自分のみのチケットを手にいれてください。
そんなお手伝いをするのが、
ヒーリング・スペース・アバヤなのです。




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