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Author:アバヤ
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次の日は、帰路につきながら、どこかに寄っていこうという計画にしていた。
出雲や松江方面は、思うよりずっと観光場所があるのですね。

松江だから小泉八雲?
う・・・ん、今回時に興味をそそらないし・・・
と思いつつ、いろんなインターで、ゲゲゲの鬼太郎グッズがあるのに気がついていて、
もしたしたら?鬼太郎ロードって、行ける範囲なのか???  と思い、
なぜかそれ以来私は、「ゲゲゲ」  「ゲゲゲ」といい続けていたのでした。

帰る道に寄れるようなところならと思ったわけです。
この「ゲゲゲ」連呼により、旅のパートナーは、
松江城を観て、遊覧の舟に乗るなんていうのもあるようだから、そんな事を考えていた らしい
のですが、
「鬼太郎ロード」に行きたいのだろう? と思い、主張をとりやめていたようだ。

それを知ったのは、帰り道に松江城を車の窓越しに見た時だったのだから、遅い・・・・・
松江城ってすごいなー、寄って行こうと言うと、
時間的に無理だと言った。

旅の友は、城が好きなのだ。
何か、妙な気が流れてきた。本当は観たかったに違いない・・・
なんで、松江城に行こうと言わなかったのか聞くと、

ゲゲゲ、ゲゲゲとあまりに言っていたから、鬼太郎ロードに行きたいのだろう、
それなら、松江には行っていられないと思ったからなんだそうで、
なんか、マズくないか?そういうの?と思いつつも、
鬼太郎と松江城が両立できないなら、特に鬼太郎ファンなわけでもないのだから、
松江城でもいいじゃないか? と思ったのだが、
数時間で足早にめぐるような城ではないのだそうだ(城ファンにはだと思うが)
とりあえず観ましたよー、来ましたよーっていう松江城なら、
よいのだろうけれど、興味のある者がある程度満足するには、
全く時間が足りないだろう。

また来るからいいサ   という事で、
連呼していた「ゲゲゲ」を目指した。ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげるは、
境港の出身なのだそうで、それで境港に鬼太郎ロードと、鬼太郎記念館ができたのだそうだ。

ほんとうに寂れた港町だったことをうかがわせる商店街の名残があった。
しかし、そこを変えてしまうだけ、「ゲゲゲの鬼太郎」というのは、
日本人に馴染みのある存在なのだろう。

おかしなもので、実際には存在しない、鬼太郎 や 目玉おやじ や ねずみ男は、
いないと言われた方が不自然なくらい、存在感が私たちにはある事に気付いた。

ねずみ男


様々な妖怪のブロンズが、商店街に並び続けているのだ。
少し前までは、何屋さんだったのだろう?と思わせる店が、
鬼太郎のグッズやお土産物屋さんになっていて、
私は、何か複雑な心地もした。

やたら多かったのが、「当店オリジナル」と言って、
たぶん、その家、その家ののおばあちゃんや、おかあさんが手作りで作った「チャンチャンコ」や
「カバン」や、中には「あやつり人形」まであった。

オ・オリジナルって・・・・・
商権とか、商標とか、そんなもんカンケーない、水木先生と鬼太郎は、わたしらは町の
大切なもんなんだ、ワシらのもんだから

みたいな、応援と誇りと、ちょっと自慢気な雰囲気が漂っていて、
人間くさくて、人間くさくて、
そりゃー、妖怪もここには沢山いただろうさ   と思えたたはー

そういえばむかーし、『のんのんばあとオレ』という本を読んだことがあるけれど、
それは、水木しげるの本だった。
水木しげるのあばあさんが、しげる少年に、妖怪の話を沢山してくれたんだそうだ。
水木しげるを偉大な鬼太郎をはじめ、妖怪と人間の架け橋に育てたのは、
その のんのんばあ だったのだ。

目玉おやじ


水木しげるは、記念館の中で流れていたインタビューの中で
「わたしが長年研究してきた結果、妖怪がいなくなったのは、明かりが増えたからだ」
と言われていた。

とても科学的なのに、妖怪は存在するという立場(確信)で説明されているところが、
なんともなんとも良い。
誰もがこの人に会うと、この人を好きになってしまうんじゃないか
と思える、なんて素直な、豪快な人なんだろうと思った。

鬼太郎


しげる少年は、幼少の頃、ながい間言葉を発しなかったのだそうだ。
今ならどうでしょう?

人と比べるばかりで、平均値ばかりで子供や人をはかりがちなわたしたち・・・
ちょっと、この時期に歩き始めると聞けば、自分の子供は「遅れている」と感じ、反応するこころ・・・
その子供が、本当はまだ、お乳を飲むのが最適であるかもしれないのに、
何ヶ月くらいからは離乳食を与えなければと反応するこころ・・・・・

これは、子供だけではなく、わたしたちが常に反応しがちなところですよね。
わたしたちは、なぜ、マニュアルがないと安心しなくなったのだろう?

それは、自分自身に問わなくなったからだ。
自分の声を聴く、見えない耳を使えなくしてしまったからだ。

ヨーガを、こころのセラピーをつづけるヒーリング・スペース・アバヤの仲間たちは、
知っている。
その耳が、使えるようになる事を、その声がいつか、聴こえはじめることをにっこり

怖いけれど、勇気がいるけれど、時には反応するけれど、
やっぱり、自分に問いかけることを、その人まるごとに問いかけることを忘れてはいけない。
自分に問いかけられる人は、人の身体やこころからの声も聴こえるようになる。
そうすると、その人に本当は何が必要なのか、わかりはじめてくる。

少なくとも、何は必要でないのかは、案外早くわかりはじめてくる。


しげる少年がはじめて言葉を発したのは、4歳になってからとあったように思う。
4歳ですよ?
しかし、「異常」のレッテルを貼られるような事はなかった しげる少年は、
だから、異常ではなかったのです。だれも、それに目くじらをたてて、病院に行くような事は
なかったのではないだろうか。

しげる少年が始めて発した言葉は、
「ねこのおしっこ」という意味の、「ねんこんばば!」とかいうのが、
巨匠水木しげるの最初にのたもうた言葉なのだそうです。
自分がおねしょをして、
「自分じゃない、ねこがおしっこをしたんだ!」と必死で言い訳しようとしたエネルギーが
しげる少年の はじめての お言葉として発せられたのだ。

すこーし、緊張なのか何なのかで、言葉がその後もすんなり出なかった事も
あった少年なのかもしれないけれど、
さまざま、雄弁に自分の世界を語られる水木しげる、
スタートが少々言葉が発しにくかろうが、なーんか問題ある?

って感じの、この感じ、
いろんな場面で覚えていたいなぁと思った。

小学校のときか、自己紹介をする時に、「しげる」と言いたかったところを
「げげる」と口がいってしまったことから、
「げげる」と呼ばれるようになったとか。

ゲゲゲは、ここから来ているとか。


この人の歴史を観ていると、何度も仕事を首になったり、仕事がダメになったりと、
いわゆる「つまづき」とも思えることが沢山ある。
が、いっこうに意に介さず、しげるは人生をがっつんがっつん進んでいく。

戦争になって、戦地に赴いて、しげるの所属した部隊が全滅したのだそうだ。
爆撃されて壊滅しているのに、彼は、死ななかった。
たった一人、死ななかった。
その時に腕をなくされたそうだが、水木しげるはその後も力強く生きて、
もう、85歳を過ぎている今も、ものすごく元気で、少年のようだ。

マラリアにもかかったが、普通なら死んであたりまえのような状況でも
やはり、死ななかった。

そんな痛快に思える人生がそこでは観てとれた。

わたしは、それらが一番心地よかった。
水木しげるという人が大好きになった。

水木しげるは、逃げようとする時には、素直に誤魔化し逃げようとしたし、
ズルい事をする時には、素直に、一所懸命ズルをしては
豪快に生きてこられたような気がした。
80歳を過ぎてから、自分が赴いた戦地に行ってみたのだとか。
そこで、旧友たちを弔った。
それらの海外旅行が、しげる氏のワクワクに火をつけたようで、
それから、世界を旅されているのだそうだ。

なんて、こころの自由度が大きいのだろう。
だから、目が素直で、キラキラしていて、誤魔化すこころや、ズルいこころを
全く誤魔化さず、ズルく思わないで、受け止めてきた人の目なのかもしれない。

ヨーガな人だ・・・・・


ゲゲゲをあとにして更に岐路につくと、米子にさしかかった。
米子は、日本ヨーガニケタンの本部がある。
木村慧心先生のおひざもと。
興味あるに決まっている。

旅の友が、どんなところか行ってみたいんじゃないのか?
と言い出せない言葉を言ってくれた。

そこで、こころが閉じてきて、行きたいのに、行きたいと言えないという反応が
はじまった事に気付く。
なかなか、簡単に来れないんだから、行きたいなら、
「行きたい!」と言えないとあかんでーと言われ、

時々、むかーしのこころの反応が出る事をことわって、
「行きたい!」と声を発した。この壁は、少々力が必要だった・・・・・

もう薄暗かったが、ここが本部なのだなー、木村先生はここにいらっしゃるのだなーと
思って、拝見するだけ拝見して、今度は本気で帰路についた。

旅は、やっぱり、こころの旅だ。
毎日の日々もこころの旅だけれど、足を少し遠くにのばす事によって、
時にはこころは、いつもよりうまく、解放に挑戦することもある。

いい旅になった。

ヒーリング・スペース・アバヤの仲間たちには、
出雲の縁結びを、小さなお土産にしよう。男女のことではなく、
縁は、事の起こり、それぞれの、様々な事の縁を、
よきこと、悪しきことと区別しないことが、実は良縁のはじまり。

そんな気持ちを、小さなお土産に託して、帰路についていった。

~おわり~








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