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Author:アバヤ
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★インド中央政府公認ヨーガ・セラピスト                   ★インド中央政府公認ヨーガ教師            ★日本ヨーガ療法学会ヨーガ療      法士                 ★NPO法人国際ヨガ協会 教育本部師範代               ★NPO法人国際ヨガ協会北京都支部摩耶学園学園長        ★バッチフラワーレメディ・セラピスト                   ★バッチ国際登録プラクティショナー                    ★アーユルヴェーダ・セラピスト

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数日前、父の誕生日だった。

ぶっちゃけると、忘れていた・・・・・・・・・・・・うしし

ふと、その日の朝に腕時計を見たら、日付が、見ようとしたというより、
日付が目の方に向ってアピッてきたのだった。

「おぉー、えらい勢いで・・・あbikkuri01!」   思わず声が出た。

「今日、おとうちゃんの誕生日やんえぇ

すぐさま、メールをした。
日ごろの気をつけたら健康に良いこともつけくわえて。
そして、楽しく愉しく暮らそうふるーつ☆Cultivation・ドキドキハートって。

父からは、とても嬉しそうに返事がきた。
「ほんとうに、あなたの言うとおりです。おおらかに残生を行こうと おとうちゃんも
思っていたところです」 と。

父の言う残生とは、決してマイナスな事ではないんです。
よい意味で前向きに、更に前向きに生きるぞという気もちや、希望も入っているのです。

 美容院に出かけていて留守だったらしい母が帰ってきたとき、父は
「アバヤから、お誕生日おめでとうってメールもらったわぁ」と嬉しそうに報告したとか。

 父母の世代とかって美容院に行くなんて言わないですよね?
っていうか、私たちも私たちの下の世代の人も、
関西人は言わない方も多いですよね?

「パーマ行く」
「髪行く」

とかね?

父は「おかあちゃんは、今日は朝から頭に行っています」と返事があったのですが・・・

「頭行く」    という人もいますよね?笑い。



少し後から、母から電話が入りました。
「アバヤ、おとうちゃんにメール入れてあげたん?  喜んではったわぁ。
おかあちゃんな?   頭行っててん。こんな事言われたんや」


と言って話した内容は、こうだった。

その美容院の従業員の方が
「アバヤ母さん、アバヤ母さんの背中には、いつも、ずーっと誰かがいますね?」と言われたそうだ。

「前から思ってたんですが、アバヤ母さんの後ろに立つと、いつも誰かが居るのを感じて
たんですよ」

母は、な・なにが?????
だ・だれが居るの????????? と少しだけビビったはず。
(でも、殆どビビってもいなかったかもしれない。うちの家族は、見えはしないが、
直覚的な父母なので)

「変な意味じゃないですよ?アバヤ母さんを、そりゃあ、ずーーーーーーっと、
いつもいつも、一所懸命守っていらっしゃる感じがしてならないのですよ」
「言っておきますが、私は、そういう人間じゃないですよ?霊能者じゃないですよ?」

とことわったそうです。

そのやりとりで、「良かったね、おかあちゃん。その人は怪しい感性の人ではないね」
とわかったので言ったのです。
母は打ち明けたそうだ。

「実は、そんな事を言われたのは二回目なんですよ。」

母は以前、同様の事を言われた事があるのです。このときにも怪しい霊能者ではなく、
直覚的な人に。

父が大病をしたとき、命が救われているのです。
そして、その数年後にも大病をしましたが、やはり、数ミリ単位の奇跡でやはり
救われているのです。

それらのミラクルは、百戦錬磨のお医者様や看護婦さんによっても言われたことでした。

それらのミラクルを素晴らしすぎるギフトだと思えるよりは、
大変な事の方に目がいきがちな所もあった母と私でしたが、
それから後に、母は同じような事を言われたのでした。

あなたの主人は、本当なら亡くなられているような事になっても助かっておられませんか?
あなたには、先祖の方が必死で守っておられる方がずっとついておられます。
今まで、あなたが積んでこられた徳は、全て使い果たされたのですよ、今回の事で。
ですから、少ししんどかったり、苦しいと思える感じになっていませんでしたか?
それは、全てを使い果たしたからなんですよ。

あなたを守る事が、あなたの主人に全て使われたので、これから少しの間、大変かもしれませんが、
また、一から始められる事です。
一からまた、人様のお役にたったり、日々の暮らしで徳を一から積んでいかれる事です。

そんな事を言われたのでした。

しんどい時に、すべて使い果たされたといわれるわけですから、
母はガックリきた部分もあったかもしれませんが、一度ならず、いいえ、それだけでなく
何度も、いつも、ここ一番に窮地を脱してきていた事に感謝したのでした。

そして、そんな事ももう気にならないくらいになった今日この頃です。
徳を貯金のように考えるのは下世話で、その本質でもありませんが、
あえて下世話な表現をするとすれば、母、そして父や私も含めて、努力した日々をもって
ふと、今、まさに良きタイミングでまた知らされたのかもしれません。

美容院の方が言われたそうです。
「その方の守護が、アバヤ母さんに直接的であるかどうかはわからなくても、
積んだ徳と、この守護は、あなたの子供さんなどを守るでしょうから、
どうぞ、これからも徳を積まれてください」

「アバヤ母さん、子供さんは男の子ですか?」

「いいえ、娘なんです」

私は、内心思った。
やはり、男の子と伝わったか・・・・・・・私だよ、それはたはーと。

母は、美容院の方がみあやまったかと思ったかもしれないが、
ある意味、私の男性性(性別的なものではありません)が、そう伝わったのだと思った。

母も守られているといわれるが、
実は、父も言われるのです。

あなたには不動明王がついている   なんてね。

実は、私はインドに行った時などに
「あなたは、神の祝福によって誕生している」と言われた事がある。

また、この話は別の機会にしたいと思うが、
ある一連の事について「グルの恩寵によって成っている」と言われ、
ハっと気付いた事があった。


私が申し上げたいのは、
守られているんだぜ    という事ではありません。

普段、よく感性を研いでいないと、気付かないような暮らしなのです、私たち家族の暮らしの恵みは。
そんなに守られているといわれるような、すんごい事など
何一つ、ほんとうに何一つないのです。

しかし、よーくこころの埃をとり、こころの波を静かにして振り返ってみれば、
いつも、窮地で通じたり、人様の助けを頂いたり
まさに不幸と思える出来事が、人様の家よりも沢山起こったようにも見えつつも、
平穏にまた暮らしが戻る


実は、これこそが奇跡的な恩寵だと、しあわせだと思えるのです。

何があるから、何が手に入るからと、私たちはどうしても思いがちで、
私も、足りない、足りないとエゴが訴えてくる事は、少なくありません・・・・・

しかし、こうして思うと、
それぞれに、それぞれが守られていると言われる私たちには、
不幸感はいっさいなかったのか?というと、それは違うのです。

世の中の不幸は全て自分が背負っているように感じた事は、実は少なくない時期が
長くありました。

そんな私たちが、そんなに守られてるってぇぇぇぇ????????

そんなものなのです。

しかしね、逆に言えば、世の中の不幸を全て背負っているような感覚に陥るくらいの時期を
そんなに長く味わうほど、しんどかった時期を切り抜けられる事自体が
奇跡的でありがたいことです。

私は、見えないものを霊能者的にどうのこうのと申し上げたいわけでもないのです。

すばらしい恵みには、気づきにくいものだけれど、
自分の知らないところで、どのように作用しているかもしれない  という目線を
持つことの大切さを思うのです。

守護霊や守護神などというものが、存在するのかどうか  などという事を
議論する事もありません。

私たちが守られたのは、実際に私たちが知らないところで、私たちにかけられた
生きた、人の、恵みでもあると思います。

思い方一つ、感じ方一つで、私たちの目の前は、恵みでいっぱいである事に
気付けたりする。
なのに、そう思えないときが沢山ある・・・・・・

本当の恵みとは、感性を磨いて、ゆったりとして呼吸が手に入るようなときにこそ、
そこにある事をわかり、またいつもそこにあった事を知り、
至福が拡がるものなのかもしれません。

こころが静かになれば、私たちには、歓喜鞘としての存在が自覚できる

というヨーガの教えも、このようなものなのではないかと思うのでした。


神というのは、人のこころの、一つの有様だと、私は常々思うのでありますが、
その「人」の成してくださる恵みこそ、感謝を口にしてお返しもできる、
こころに思って感謝もできる、ありがたい恵みの一つです。

父が大病をし、手術をする朝、
人の家の事は、確かに心配はしても、そこまではできぬと思う事を、「人」の内の神が
なさったことを、私は今も思い出すだけで涙があふれる。

近所の人たちが、申し合わせもなく、
自ら、あの人、この人が、それぞれに、その朝、神社に父の安全を祈りに行って
下さったことを、私は後で知りました。
(親戚の方なども、それぞれがそうしてくださっていたのだそうです)

何気ないことのような思えますが、実際にはなかなかしていただけるような事では
ないと、自分の身に置き換えて思い到ったことでした。

そして、思わずそうしようとして頂けるような父の生きる姿を、
父だからではなく、たいそう尊敬するのでした。


(普段の父は、「お前~、ええ加減にせーよー!?」とブチギレさせるような一面も
沢山持ち合わせておりますがkao06)



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