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Author:アバヤ
ヒーリング・スペース・アバヤへようこそ!
ヒーリング・スペース・アバヤでは、神戸、尼崎、伊丹で、
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★インド中央政府公認ヨーガ・セラピスト                   ★インド中央政府公認ヨーガ教師            ★日本ヨーガ療法学会ヨーガ療      法士                 ★NPO法人国際ヨガ協会 教育本部師範代               ★NPO法人国際ヨガ協会北京都支部摩耶学園学園長        ★バッチフラワーレメディ・セラピスト                   ★バッチ国際登録プラクティショナー                    ★アーユルヴェーダ・セラピスト

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グレーというこころの在り方の大切さをお話しました。
ちょっと、わかりにくいかもしれませんが、
先日にお話した意味合いでは、
その「グレー」である事こそ、本来の「白」いこころの状態だといえるでしょう。

「白」だという思い込みや、「白」だと主張するこころの反応は、
既に、バランスの状態にはないということなのです。


以前にも「善」「悪」という事についてでもお話したりしていますが、
確かに、善悪の判断をして、善であろうとする事は、ヨーガのいう「智慧」によって起こる事。

しかし、「善」であらねばならないと思いすぎて、偏狭であるこころの反応のときには、
「智慧」の状態にはあらずなのです。
過ぎたるは及ばざるがごとしとも言えます。

白か黒か   というものの考え方は、二元的なのです。
ヨーガの智慧というのは、二元的なものの捉え方から解放されている時に
実現されているものなのです。

ちょーっと表現難しいですか?
大丈夫ですか?

まぁるい状態    というのは、なんでもOK  オームの状態だといえますが、
この「何でもOK」を勘違いしてしまうのが、

善悪にこだわらない  という事は、「悪」でも良いという事なのか?という疑問ですね。
何でもOKというのは、善だの悪だのいう事に、影響を受けない状態です。

じゃー、「悪」でも「悪」だと感じなくなるこころか?
それも違います。「智慧」をものさしとして、以前にお話した馬車の御者は手綱を握り、
善だ悪だという、二つの間を揺れたり、うろたえたりせずに、御者の後ろにいる
「クリシュナ神」に問うという例えにあったように、「智慧」に照らし合わせて
自分を常に調べるのです。

それをヨーガ哲学ではよく、「精査する」という表現などが使われるところです。

精査するといわれたら、徹底的に調べ上げて、自分の弱点を悪を重箱の隅をつつくようにする
ことのようにも勘違いしやすいです。
そうして、自分はダメに思えたり、自分を責めたり、卑下したりと思い違いしそうになりますが、
それも違います。

もう少し、さらりとやってみる。

ヨーガクラスでやっている、身体を全体をさらりと調べてみたくださいね。
と言うとき、
自分の不調を全くわからないというのは、善悪の判断ができないのと同じ。
不調を感じとってこそ、不調を調和させていけるわけです。

でも、調べるからと言って、ひざ・・・・・ひざのこのあたりが・・・・ちょっと何か真ん中でない感じがして・・・・あれ?力が少し入っているのかな?ぬいてみようかな?
ぬけない感じがする・・・どうしたらいいのかな?わからないよ・・・・・
どうすべきなんだろう?     なんていうのを精査とは言わないのです。

想像してみてください。
そんな風な意識のときには、「今」というときにも、「ここ」という場所の感覚もなく、
まわりと自分との関係性はなくなっていて、自分の身体全体という意識はなく、
まるで自分が「ひざ」だけの存在になったかのように、そこに偏り、固まった意識として
滞りますよね?

そんな間に、きっと次のほぐしにすすんでいるでしょう。

一つの方法として、「ひざ」をよりクリアに感じなおすために、観察する場合は別です。
その時にも、そこに意識は注目はしていても、
固まり、こだわるものではありません。

そして、どんな状態が、ひざにとって理想的なのかわからないまま、
これはダメだと思い、責めていては、もう、そこから進みようもありません。

それよりは、何か違和感があるなぁ~   今日は痛いなぁ~
今日は鈍くてわからないなぁ~

という事を単純に事実として自覚し(この事を精査という)
身体全体をほぐしていったほうが、結果的には、そのひざでさえも
ほぐれているものだと    ヨーガをやっている方にはわかりやすくはないでしょうか?

前者には「判断」が入り込んでいるのです。ジャッジメントです。
後者は、事実を事実として単純に自覚しているだけなのです。感情による揺れもありません。

ここが、最大のポイントです。


そして、これがグレーでもあります。

二元的な捉え方には、ジャッジメントが入り込むのです。
このジャッジこそが、「無知」という「智慧」と反対のこころの在り様なのです。

そして、判断をするこころにさえも、とらわれずにいられるといいですね。
「ムカつくー」なんて、そこにはちょっとジャッジが入っているわけですからねうしし

ムカついているわぁ     と   客観的な自分が、観察する自分は冷静にあれば、
それは、「智慧」が働いているという事だからです。

わかりにくいかもしれませんが、
これは、むしろ「慣れ」のようなものです。

解る必要性を感じるよりは、
その「智慧」の捉え方を自分に採用してみて、練習してみるのです。
それを日々刻々の暮らしに採用してみるのです。
それだけでいいのです。

そうすれば、「慣れ」てきて、知らない間に解っているものなのです。
心配は要りませんし、恐れる必要もないのですよグー!


白だ!    と主張するこころの在り方は、
黒を想定している時にしか起こりません。

という事は、グレーではなく、二つのこと(二元的)のどちらかを判断しようとしている事の証です。

選択をしないという事もまた違うのですよ?

日々、智慧を働かせて、善悪の判断という意味では、精査していくのですが、
ここで、みなさんのこころに
どうしようもないモヤモヤが生じるでしょう?

「どういう事なんやろ~泣」という。

だって、善か悪かをいつも自分に問うて、私は選択して、
より良い方を選んでいるもんorz
なのに、なのに、○○ちゃんは反対のこと  しはるし、違う反対の事言わはる・・・・・
そういう時に、ムカつくんやもん・・・・・・・・・
「ちゃうやん!!!怒」て・・・・・・

なんで、私の善悪の判断と、○○ちゃんの善悪の判断は違うわけなん?

そこやん、そこがいつもひっかかってムカついて、イライラするんやんかー泣き顔




という声が聞こえそうな気がするわぁぷぷ

そうそう、そこなんですよね。

私が日々ひっかかり続けているのも、まさに  そこbikkuri01

こころの作用にやられてしまうのが、ここなんですよねぇ・・・・・



そこで出てくるのが「ダルマ」という智慧


智慧とは、道具みたいなものでね、いろんな道具があるのだけれど、
今日手に入れた、棒状の定規では、この智慧の定規ではあたれない、
縦横無尽なこの世、こころの多様の世界を
多様にあたれる定規にできるのが  この「ダルマ」なのです。



次回には、この「ダルマ」について、いつものように、まるで哲学ではないような
日常のアバヤのおバカ話でしてみたいと思いますにっこり
おたのしみに~rainbow

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明日、10/31のナイトリフレッシュ・ヨガは、
五回目となりますので、お休みです。

みなさま、お間違えのないように、よろしくお願いいたしますにっこりトールローズ

11月7日(金)におめにかかれるのを楽しみにしておりますふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート







視点を親の愛から、自らを鑑みる視点にしてみて、もう一度。


泰葉さんの歯止めは効かなくなられたようで、マスコミに送られるコメントは
「紙爆弾」と呼ばれて・・・・・

そのコメントの中には、
『開き直るわけではありませんが、吐き出さなければならない、私の心の叫びでした。』

今の私が本当の私だ、結婚していたか?と聞かれたら、無理だ、と返されました。』

『私にはもう、判断する気力が残っていません。』

こんなメッセージもありました。


その時には気づかずに、多くの犠牲を、ストレスへの自覚がないまま
「こうあろう」「こうあらねば」   と今までずっと、子供の頃から過ごしてこられた上に
また、積み重ねていかれたのかもしれません。

泰葉さんは、ほんとうに稀な才能の方なんだそうです。
エピソードを忘れてしまいましたが、
海外の、ものすごい大物アーティストにかかわる、すんごいエピソードがありました。
それほど、泰葉さんの音楽の才能は、類稀であり、
また、様々な事ができる多くの才能を持たれているに違いありません。

がんばれば出来てしまう
これが、自分への刃になってしまうことだって、こころの世界ではあるのです。

できないちゃん   なら
できない自分を笑うこともできるし、認めることもできる。
それを卑下するアンバランスさとして崩さなければ、
よーし、こんな私だから がんばっちゃうぞー   と自分を認めて励ませたりもする。

がんばれば出来てしまう   人は、
多くの事が適っていく。
だからこそ、できない自分が信じられなかったり、
トータルで客観的に観ると、全然できていたり、人様の平均からしても
だいぶん出来ていたりしても、

自分は怠けてしまっていると感じたり、
自分の能力が低いと感じてしまったり、
自分がいけないんだと感じてしまったり、
頑張りすぎているからアンバランスになっているのに、
もっと頑張らないからだと自分を責めて、もっとバランスを崩したり、
自信がなくなったり
できない自分が認められなかったり
そんな自分を認められなくて、受け容れられなくて、その部分が自分にある事自体を
受け容れられなくて、その部分を消してしまおうとして、
気力を失ったり、時には、自虐をしたり、極限になるとその存在を
自ら消してしまったりへと

エスカレートしてしまうこともあるのです。


私が常々  みなさまに申し上げている「吐き出すことの大切さ」は、
このようなところなのです。

コントロールを失いきってからではなく、
自覚の意識があるうちなら尚、冷静に表現できることが多いのです。

ムカついたら、「ムカつく」と言ってみよう
ムカついた相手に、
「すみません・・・・今の、このように私には受け取れて、なんかムカついてしまったんです」
と冷静に言うことだって可能になってくるのです。

相手は、
「あら、そんな意味じゃないよ。こういう事なのですよ」と言うかもしれません。
また相手も、
「そんな事言われたら、私もムカつく。だって、私の立場からしたら、こうなんだから」

と言うかもしれません。

でも、少なくとも、相手の気持ちが
誤解されたままではなくなる方向に、また、
お互いのエネルギーが交流することは間違いないのです。

ただ、小朝さんと泰葉さんは、今は、整合性のないようなエネルギーのぶつかりあいという
物理的な状態ですから、交流、流れるというエネルギーの方向に向うには、
自分側でエネルギーの状態を変えていく事が必要な
事態になってしまっているかもしれませんが、

少なくとも、「夫婦」であるうちに
エネルギーのぶつかりあいが起こっていれば、
「夫婦」という枠がある分、その中で、エネルギーか行きつ戻りつするので、
交流はしやすかったかもしれませんね。

でも、もしかすると当時は、
エネルギーが発生すると、ぶつかった所が吸収しているような物理になっていたのかもしれません。
しかし、そのエネルギーは、その壁に必ずつたわっていますから、
本来は特別な場合でないかぎり、吸収されず、その壁には、
ダメージが起き、時機が整えば壁は崩れたり、壊れたりするでしょう。

波を思い浮かべてみると・・・・

波が消えるというのは、
迫ってくる波に対して、返す波が同じであった時に、「消える」吸収されてしまうのです。

一方と、そのまた一方のエネルギーがうまく合わなければ、
津波として、一方はそれを受けることとなる。

しかし、その津波も
ひろーい大地であれば、影響を受けない。
波打ち際で、ひしめき合っていれば、その影響は絶大になってしまう。

エネルギーは、自分が黒に思えていても、
相手が黒いエネルギーを送ってきているとは限りません。
「黒だ」と受け止めた側にとっては、「黒」になり、
エネルギーの質量を、受け止める側が変化させてしまう事も、こころでは
あるという事は、何よりまた自覚すると良い、大事な性質の一つです。

でも、黒いエネルギーが来た!
と受け止めたとして、それを自分で吸収もできないのに
何事もないような演出をするのは、時には賢明ではないのです。

黒いエネルギーを倍にして返さなければならないような感情ではなく、
できれば、グレーのような中間の色にして
相手に言葉で問いかけてみたり、質問したり、説明したり、訴えてみたりする
練習をしはじめね事は、こころの健康にはとても有効です。

また勘違いしやすいのが、
こんな事を言うこころです。

自分は聖なる存在であるかのように、何でも笑顔で返す
なんてね。

少なくとも黒いと受け止めているのだから、それを白であるかのように演出するのは
虚偽であり、こころを誤魔化す事になる。
こころはいつか、この誤魔化しが耐え切れなくなり、
過去の記憶から、過去の蓄積ごと、爆発したりする。

考えてみてください。
黒と受け止めたという事実があるとすれば、
自らの白い色と混ぜ合わせられたとしても、グレーなんです。

白だというなら、誤魔化しなのです。

ただね、白の色がとっても多い場合はどうでしょう。
やっぱり、きっと、グレーでも、かなり白のエネルギーにして返すことは可能ですね。

グレーってとっても大事なの。
決め付けないこころ。

黒だと決め付けていない
白が正等だとも決め付けていない
グレー

だってね、相手だってきっと白だと思っているものなんだもんねたはー


グレーというのは、「可能性」の色とも言えるのです。

「あんた、もしかしたら私を攻撃したの?」
と冷静に問いかけてみるのも、もしかしたら?    というグレー

グレーを大事にしないと、
白と黒だけになってしまうのです。

私が正解なのだから、あなたは間違っているの!!!
というこころは、行き場がありませんよね・・・・・・苦しいですよね、こんな時・・・・・

でも、私はこれが正解だと思うのだけれど、どうだろう?
あなたはどう思うの?

これって、グレー。
なかなかいい色ねにこり


私は、もともとグレーが下手泣
だから、
バッチフラワーレメディーのロックウォーターをしばしば使います。

そして、シュガーグラニュールを使うようになって、筋肉の緊張なんかでこころのバランスとアンバランスを感じとる機会を増やせたようで、
今までなら、白や黒に針がふりがちなときに、
グレーでいられる事が増えているのに気づきます。

気持ちいいですね、そういう  こころ。


みなさんも、自分を観てみるチャンスにしてみてくださいね。
自分を責めないように
自分を卑下しないように、
自分を被害者のようにしないように、

しながら、
弱点をどんどん観て、
そして、一方どんどん褒めてねふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート


それが難しいと感じる   こころには

バッチフラワーレメディ    や   シュガーグラニュール  や
エネルギークレンジングシリーズを使ったり、

ヨーガカウンセリングを受けてみたりという事も、必要ならしてみてくださいね。にっこり



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春風亭 小朝さんと離婚された泰葉さん。
離婚会見の時には、円満でした。

会見の時には、泰葉さんの方がサバサバされていて、
小朝さんの方が、離婚を受け容れられていないような印象でした。

が、その後、お互いが転じたように、
小朝さんの方は天使ちゃんと呼んでいる女性三人と
同居をはじめたと報じられたりして、
一方の泰葉さんは、実は昔から女性の影があったんだ!とたまりかねたような発言から、
小朝さんを攻撃するような事が報じられてきた。

泰葉さんは、その後も金髪のブタなどと小朝さんをなじったり、
テレビ番組で歯止めがきかない感情が出たりされていました。

そしてまた、お母様に勘当してくださいと言って、勘当を申し出られたりと、
こころの調和がとりにくそうで気の毒に思いながら拝見していました。


泰葉さんのお母様でいらっしゃる海老名 香葉子さんが、以前、泰葉さんのご様子に
心を痛められて、マスコミにコメントを出されたのだそうです。

その中には、泰葉さんが小さい頃から非常に「良い子」であったこと、
落語家である小朝さんの「おかみさん」業も、大変によくやられていた事を
書かれていました。
そのような素晴らしい人だったからこそ、つもりつもっていたものが、爆発して
出てきたのではないかと、おかあさまはご理解されていました。

みなさんは、どうお感じになられるでしょうか?
実際に泰葉さんがどうであるか  という事ではありません。

「こうあらねばならない」という事に、切磋琢磨して近づいていこうとすることは、
人間の智慧です。
しかし、一方で、自分のこころの声、身体の声を無視してしまい、自分を失くしてしまうこと、
自分を尊重しない事では決してありません。

バランスを崩したり、自分のこころと身体の、その時々の様子によって、
手綱をとる智慧をもたずに自分を押し込める事の危険性を、考えてみる事のできる
事ではないかと思いました。

お母様である香葉子さんのコメントには、「母」の愛、大きくて深い愛がいっぱい
感じられました。
泰葉さんを全身でかばい、しかし、泰葉さんの事を我が事として謝り、
泰葉さんを深く理解しておられるコメントには、涙があふれました。

自分も頑張っている私たちは、時には親の言い分がわかりませんし、
時には親の愛がわかりません。
親の責任だと責め、なげいてみたりしてみたり、
やっぱり、親の愛がわかりきらないものです。

また、その親もまた、その親の愛をわかりきらぬと嘆いたりしていたり・・・・・・

いいじゃないか

人間のあたりまえの業じゃないか

だけど、ヨーガを行じるものは、こころのヨーガを行じるものは、
時々、自分を振り返ってみたい。
そして、様々な外の出来事を鏡として、自分を時々自覚したり、省みたり、
褒めたり、励ましたりしながら、自分の王道にたちかえりたいじゃないか。

あなたも、癒されてください。香葉子さんのコメントをここに拝借いたします。
母の愛に・・・・・

まだお母様のご健在の方も、またお母様が旅立たれた方も。


皆々様へ

 この度 娘、泰葉の件でお騒せをし大変申し訳なく、心から お詫びを申し上げます。

 ご迷惑をおかけしている様子を聞く度に親としてどうしてよいか解らず、ただただ申し訳ないと云うのみでございます。


 あの娘は 幼いときから、いい子でした。


 結婚し、落語家の妻としては私も真似できぬほど立派に尽くして居りました。

 その姿を垣間見、ときどき不憫に思うことさえありました。

 19年間よくぞ務めたと、親として誉めてやりたい気持ちです。


 離婚し、あの子は変わってしまい、積もり積もったものが吹き出るように事荒だてました。

正当と思って、本心正当なのでしょうが、すっかり変わり果ててしまったようです。

 心つかれてしまったのでしょう。

 本人がどんなに云っても母は私一人。

 何としても抱きしめて心癒やしてやりたいと思って居ります。


 ご迷惑をおかけした皆様には、心から心からお詫びいたします。


 本来なら意を尽くし お伺いすべきでございますが、本人が早く大好きな音楽の道に真すぐにすすんでいくようしむけてやりたいと念じています。

 至らぬ親を叱責下さい。

 心からのお詫びとさせて頂きます。


           平成20年10月28日       海老名香葉子
 』


泰葉というお名前は、お母様の香葉子の「葉」    からきっととられたのでしょうね。
お姉さまの「みどり」さんも また、「葉」からとられたのかもしれませんね。

母の愛・・・・・・・・・・私には、わかる時が来るのだろうか。
いくらわからなくても、わからなくても、
感謝は、自分にできる分していたいし、
ムカついたり、腹がたっても     やっぱり
お母ちゃんは大好きだにっこり



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ヨガ式リラックス クラスでは、
先週、フェスティバルのシェアをしていて
スキのアーサナへの興味がふくらんでいたので、今週もさらにふくらんでみましたグー!

スキのアーサナ
みなさんは、どうしたらやりやすいと思いますか?

身体が勘違いしてしまうのは(意識がでもあるのですが)
ほぼ、どんな場合でも、筋力によって身体を支えて、
筋力で身体を上げなければならないという   勘違い   です。

私も含めて、この勘違いから、日々解放しては間違って、間違っては解放してを
繰り返しているようなものです。そして、それこそがアーサナのトレーニングであり、
こころのトレーニングでもあります。
「行」という響きが好みの方は、それこそがヨーガの行の一つと捉えてみてくださいネ。

いらぬ力がかかっている場所を  「発見」   できなければ、
いらぬことを やめる事はできません。
大事なのは、スキのアーサナにかなおうと、うんしょうんしょと
腕の力で何とかしようとか、腹筋で何とかしようとばかりする事を潔くやめてみて、
この「発見」をできるだけの  観察、感性の方に注目してあげる、育てる事も、
とっても有効かもしれません。

腕の筋力をアップするよりは、腕の緊張をなくする事を重点にしたほぐしをしたり、
腰の辺りの筋力をアップしようというよりは、
腰の緊張をなくする事を重点にしたほぐしをしたりと丁寧にやってみて
スキのアーサナをしてみると、

今までは腕がひろがったり、苦しそうにされていた方の腕が気持ちよさそうに伸びていたり、
自然に身体があがっていたりされていたのが、めざましかったです。

そして、Kさんは
いつも、肩がコリコリになられたり、背中が丸くなるとおっしゃっていましたが、
そのKさんの肩が   スルーっと力がぬけていて、下がっていて、
そして背中がシューンってしていて、首がスルーっと伸びで長くなったような感じで
綺麗になっていました。

Kさんに「鏡でみてみて~」と言うと、
「うそーん?」と明らかな違いを目でもみてわかられて


「今までの生涯ではじめての背中ですbikkuri01嬉し泣き

と笑顔でお帰り頂きました。


おめでとうKさんポッ

そして、お腹の奥の方の力が入り始めてきたSさんをはじめ、
みなさんふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート





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ナチュラル・ヨーガの後で寄り道をするのは、私の楽しみの一つ。
神戸は、様々なものが集まっていて、興味のあったものが実際にそこにあったりして、
ワクワクすることもある。

大丸神戸店は元町にあり、目の前から南京町が続く。
20年ほど前に、大学時代の友人が「神戸行こうローズ
と当時、なぜだか、何の理由だか、電車が全く不得意だった私は、ただただ彼女に連れられて、
買い物をしたり、南京町に来たようだ(後で南京町だったんだなとわかったもので・・・)
(電車が不得意だったのは、後にパニック発作を経験した理由ではなく、別の意味でなのです)

この教室をさせて頂くこととなって、訪れたとき、
「あぁぁぁぁぁ、ここだったよなぁ。ワクワクするんだよなぁ・・・」と思ったものでした。
しかも、買い物をしたのも神戸大丸だったような気がしてきた。
大丸マークの紙袋を持っていた記憶がよみがえってきたポッ

当時、ここで自分がヨーガをやらせて頂くようになろうとは、夢にも思わなかった・・・・・・
なんだか素敵・・・・・・キラリラ

そんな南京町である日、大好きなタイ料理の店を見つけた。
本当はその日、一人でインド料理屋に行くぞーと思っていたのだが、
「え?タイ料理?ポッ」と思って、一人で入っていった。

ものすごい幸せ感が溢れてきて、いい店を発見したと思った。


前々回のナチュラル・ヨーガの日には、つかしん文化祭に参加されるUさんとTさんと
ランチしてから向いましょう♪   と、
この店に行った。
クワンチャイ」人気者っていう意味らしいです。
南京町店は、隠れ家的って宣伝されていたけれど、ほんとうに隠れ家的なので、
あまり人気者にもなってほしくないような・・・・・・・ぷぷ

インドから帰ってきたばかりのTさんは、もともとの好みもあるしで
目がハートだったし、
Uさんのタイ料理好きは、筋金入りだったそうで、ハートがダブルだったうしし

昔、タイ料理を定期的に食べないと、イラーっとしていたほどの時期があった私も含めて、
しあわせ~    と連発しながら過ごした。


そして今週のナチュラル・ヨーガ
私の胃は、朝から「ランチはタイ料理にしてくれ」    と言っていた。
お教室でみなさんとお別れして、ゆるゆるとタイ料理屋に入り、
「何にしよっかなー」と思っていたら
お店の人が「先生?」とおっしゃいました。

え?    もう先生モードではなくタイ料理食べたい ただの町人の役になっていた
私には、私の事だとはわからず、一瞬は無視してしまった・・・・・(ごめんなさい)

「先生っておっしゃっていますよ?あちらのお客様が?」

「え?     いやーポッUさーんキラリラ
Uさんも、「今日のランチはタイ!」と決意されていたそうで、先に店に行かれていたようで、
嬉しく席を移って一緒にランチをしました。

前回、ベジタリアンのランチでごはんとおかずだったので、
今回は、タイ風焼きそばにした。
しあわせな味がした。


次の日
月曜のナチュラル・ヨーガ。
クラスが終ると、お腹が減っていた。
私のこころが、「今日もタイ料理食べちゃおうかなぁ」と少しだけ遠慮がちに訴えてきた。

私は、「そうね!お茶するなら、タイ料理を食べるに変えてもいいよね?」
と応えた。
大丸のサロンを出てエレベーターの前に立った時、私のこころは決まっていた。
「お腹減ったぁ~」と思わず声が出た。
別のクラスに来てくださっているAさんも、
「行きます?~ポッ

「タイ料理どう?」
「それ、いい嬉し泣き

実は、Aさんも大好きだったそうだ。



そうして、私は連日 タイ料理のしあわせを過ごしたのだった。

前日に声をかけて下さったお店の方が
「ありがとうございます・・・先生なんですよね?
タイ料理お好きなんですかぁ?」    とご自分もタイファンの方らしく、
しあわせそうなお顔で声をかけて下さった。

メニューに肉が入っているかどうかを聞いていると、
肉を魚にかえられますよ?とおっしゃってくださったので、
お礼を言って、ベジタリアンである事を伝えた。

お店の方は、少したってから
「すみません・・・・・・立ち入ったことをうかがうようなのですが・・・・・
イスラムの方でしょうか?
すみません・・・うちは、イスラムとベジタリアンには対応できますので
おっしゃってくださいね」   とおっしゃってくださったのでした。

ありがたいなぁと思いました。
私はイスラムではないけれどうしし

今度からは、ベジタリアン仕様でお願いしますと注文できるなんて
ベジタリアンには、なんて安心な事でしょうポッ

寄り道は、私のこころの栄養の一つトールローズ
またご紹介してみたいと思います。




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ナチュラルヨーガでも、フェスティバルでみなさんが感動された話、
よくわかったと言われた呼吸法や、ほぐしを今週はとりいれてみました。

たまたま、ナチュラル・ヨーガ クラスでフェスティバルに参加された方はお休みでしたが、
「話聞きたかったな~」と残念そうでしたので、
みなさんやその方に代わって、今までのみなさんのお話をさせて頂きました。

そして、本日はじめて参加していただいた方もいっしょにシェアしました。

この方は、パワー・ヨガに通っていらっしゃった方だそうで、貴重な体験をうかがえました。
毎週通われたんだそうです。
仕事帰りに「やってる」という気持ちの満足感はあって気持ちよかったけれど、
実は身体がついていかなかったのだそうです。
ヨーガって、こんな感じなんだろうか???

そして、ここに来てくださったのだそうです。

先週初めて参加してくださった方も同じ感覚をもって、ここに来てくださった方でした。

そんな方がやっぱり、明るいお顔の表情をして後にはお帰りになる姿を拝見すると、
胸があつくなります。
「良かった・・・・・私にこそできる事をやらなければと思ってきて、流行流行と言われて
きた時からふんばってきて・・・・」という意味では、私自身が癒されます・・・
ありがとうございます。


さて、丹田呼吸には、みなさん「あつーい汗とか」と言って、エネルギーが湧き上がるのを感じていらっしゃいました。

脚の後ろを丁寧にのばしていく ほぐしでは、
思わず、身体の歪みが発見できた方が二名。
大発見でした。

そして、自分のつま先、かかと、ひざをつけて座っていく事ができないエエェッ!?!?という衝撃的な大発見もみなさんでしました。

大きな筋肉を使って、筋肉を緊張させて行う運動とアーサナは違うのだという事を
あらためて説明しながら、
足の指先などからエネルギーの滞りはおこっていることも再確認した。

足の裏を刺激していくと、一人一人の体調や特徴、不調がそこに現れていましたね。

そして「二脚倒立」のためのほぐしもしてみました。

お腹を下しやすい人への注意とケアなどについてもお話をしました。

それぞれ一人一人の体質、体調からまた今度もとりくみましょう♪



そして、月曜のナチュラル・ヨーガ クラスでは
人数が今のところ少ないクラスなので、個人個人への対応が更にできます。

お一人お一人の、不調さと特徴に応じて、
それぞれが別の取り組みをして、ケアしました。

偏頭痛でつらい思いをしてきた方は、これからしーっかりとそれもケアしていく事にして、
ひとまず、本日のケア     を丁寧にしていただくき、

鼻や目の感覚の違いがあるかどうかを感じてみていただくと・・・・・
「鼻がちがうーbikkuri01」とおっしゃっていました。

それによって、自分の今ケアすれば よりよい部位に自覚を深められたのでしたにっこり






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ナイトリフレッシュ・ヨガ クラスでも
フェスティバルで楽しかったこと、学んだことをシェアする事ができました。

丹田に集中した腹式呼吸を練習した事がとてもわかりやすくて良かった。
先生の説明が簡単でよくわかって、腑に落ちた。

チャコットのウェアを見たり買ったりするのがすごく楽しかった♪

ほぐしの中で、脚の後ろに働きかけるのが、とてもほぐれて良かった。

ネコのポーズを丁寧にやって、すごく意識化できたのが良かった。

目覚めのヨーガで、ほぐしをして、細かなパーツとして身体をとらえて
ほぐしてほぐしていくことがすごく大事なのがわかった。
身体のほぐれないところ、コリというのは糸が絡まって、塊になっているようなものだからこそ、
丁寧に、細かいところをほぐしていくことが大切なんだという事を聞いて、
なるほど・・・・・とすごく腑に落ちた。

師範会の先生と触れ合って指導してもらったのが感動的で嬉しかったし学びになった。

自分の苦手なスキと回転のアーサナが重点的に指導があって、
嫌だなぁという反面、自分の弱点がすごくよくわかったし、
こう意識すればよいものなんだ!   とわかって、とてもためになった。
私、がんばっていこうと思います!

etc


という感想などを頂いて、

みなさんで、腹式呼吸をしっかり味わってみたり、
ネコのアーサナは、少しずつ意識付けをしては、呼吸とあわせて、
更にアーサナすると、
どんどんみなさんの身体と意識と呼吸が変化していかけるのが
ハッキリとわかりました。

体験で初めて参加された方も一緒にやりましたが、
その方たちにも、良いシェアができていて、良かったです。

さてさて、自力であがらない~という
摩耶学園では、経験をある程度積まれてきている方々のお悩みのある
スキのアーサナも
みなさんでやりました。

が、摩耶学園では、個性を重視しますから、
いっせいに 全員が同じ事をやるわけではありません。
途中までを何度もやってみるほうが有効な方には、そのような指導をしますし、
できないと思い込まれていても、刺激を加える方が有効な方にはそのような指導をします。

中には、「やらないでー」という方や、そんな日もあります。

同じ人間でも、日々違ったりもしますし、やたらにやる事で逆効果な方もいらっしゃいます。

それを見ながら、お一人お一人への指導ができるのが、「教室」「クラス」としての
個別指導が可能なヨーガ クラスなのです♪


それぞれの方が、自分のその時に適切なスキのアーサナをしていきました。
先輩にあたる方は、フェスティバルに参加されてから、目線、捉え方も
変化されているのに気づきました。

目のつけどころが変わっていました。
捉えどころがかわっていました。
感性が育っていました。

すばらしい泣
拍手


その調子で、
クラスのみなさんも引っ張ってさしあげて頂けたら、
みなさんも   しあわせ~だと思います。ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート



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ヨガ・フェスティバルには、
リラクゼーション音楽の巨匠である、宮下富実夫さんのビワレコードより
お客様をお招きし、宮下さんのリラクゼーション音楽の作り方、思想、エピソードなど、
貴重なお話をうかがいました。

宮下さんの音楽は、どうして「静かな」間が多いのか・・・・・・
それは、「間」のところで、
それぞれ、一人一人の中で自分の音を奏でてもらいたいという
宮下さんの思いがあったのだそうです。

昼間に休んで、人々の寝静まったころに、
人々が一番深いリラックスをする時間に、地球や宇宙とつながるという感性で
作曲をされていたのだそうです。

そんな宮下さんの新しいCDが出ました。
なかなか評判のようです。

ヨガ雑誌『Yogini』と宮下富実夫のコラボレーション
『MdM』     Music deep Meditationの略なのだそうです。

このCD、実は国際ヨガ協会が両者の縁をとりもって完成したCDなのですよrainbow
私たちには、更に興味の湧くところです。



リラクゼーションCDは、最近では多く販売されていますが、
実は、失敗することが多いです。
いいなと思って購入してみると、視聴した部分だけが良かったのだったり、
視聴した1曲だけが自分のイメージに合っていただけだったりと・・・・・・・

私の場合は、あたって砕ける大作戦を   もう以前からとっているので、
あたりはずれの覚悟はして購入しては、ヨガ クラスで使うCDをかなりのCDの中から
チョイスしていて、趣味みたいなものですから構いませんが、
みなさんは、なるべく失敗のないように、賢くご購入される事をいつもおすすめしています。

静かな曲  というのは、出回っていますが、ヨーガに合う、
静かな呼吸にほんとうに合う曲は、なかなかみつかりにくいものです。

ぜひ、お教室などで実際に聴かれて、
こころと身体に馴染んだら、それを購入されてみてください。
ほとんど、私が使っているCDは、お取次ぎできるようにしていますので、
遠慮なくおっしゃってください。

『MdM』のご紹介は、ここのページでしています。どうぞ、ご覧になってみてくださいね。

今までの傾向として、不思議なのですが、
「これ、何の音楽ですか?!」とみなさんが問い合わせてきてくださったり、
いいな  と感じられるCDは、他の方にも評判です。

問い合わせを頂くCDは、必ず、他の方の問い合わせも多いのです。
共通の何かがあるのでしょうね。
紹介ページでは、そんなCD、
みなさんが とても「良いね」と反応された評判のCDをご紹介しています。

今回の『MdM』もそんな1枚のようです。
また、各クラスで当分の間使ってまいりますので、お聴きになって、
こころと身体に心地よければ、ぜひ、お家でもリラクゼーション空間や、
リラクゼーション・タイムをご自分で演出なさってみてくださいふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート




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ヨガ・フェスティバルに参加された方は、それぞれの感性で感動や気づきや学びをされていました。
そして、活き活きした表情でお話してくださいます。

参加した、お一人お一人が感じられた事

を、その方の言葉でみなさんにお話していただければ、
周りのみなさまとの共有もできるし、お話してくださる方が、更に、
自分の中に腑に落ちていかれることでしょう。

2008年10月21日のヨガ式リラックス クラスでは、
参加された方が、感想と   印象に残ったお話や学びを 他の方々に伝えて下さいました。

少しまとめてみますので、
他のクラスの方や、ヨガクラスはされていない、こころのヨーガの方々や、
セラピーのアバヤの仲間たちのみなさまにも
シェアして頂ければと思います。

とにかく楽しかったのだそうです。
いつもは、一つのヨーガクラスで自分に向っている。
自分以外のクラスの仲間たちはいて、アバヤのほかのクラスの仲間たちとも
少し交流がある。
でも、もっと多くの仲間たちが、全国にいる・・・・・・
全国のヨーガの仲間たちと触れ合える  という事が、とてもこころに残ったのだそうです。

印象に残った学びは、
「たった一つのアーサナでも、深く行えば、その一つで全身にくまなく影響して整う」
と聞き、あらためて アーサナを丁寧に行う大切さがこころに残った。

胃の大きさは、自分の手のひらをあわせて、少し膨らませた程度なのだという説明を受けて、
自分でそれを作ってみた。
こんなに小さいの?????
全体でもこんなものなのだから、腹八分目がどれくらい少量なのかという事を目で観て
愕然とした・・・・・・わかっているようで、わかっていなかった腹八分・・・・・・・

ヨーガを初めて間がなく、「スキのアーサナ」はやったことがなかったけれど、
説明を聞きながら少しずつやっていた。さすがに足が自力ではあがらなくて、
モゴモゴやっていたら
師範会の先生がやさしく「君たちぃ~   お手伝いしょうかぁ~?」と声をかけてくださり、
丁寧に指導してくださった。
たった一つのポイントを触られただけなのに、スルスル~っと魔法のように
体が自力で上がっていった。筋肉の力が必要なのだと思っていたけれど、
筋肉の力を使わないで上がっていった。すごい!   と感激した。

ネコのアーサナを、指導してもらって、とてもとても丁寧にやった。
呼吸と一緒にとにかく丁寧にやったら、いつもここまで感じられないくらいに
お腹の皮まで伸びる感覚がハッキリした!

etc

自分の言葉で、自分の感じてきたことをみなさんに伝えて頂いて、
この日は、みなさんでヨガフェスティバルで感動したこと、目からウロコで学んだことをシェアしました。

私たちのこころや意思は、伝わるものです。

スキのアーサナを一度もやったことのない、まだ新しい人も
自分なりにできてしまいました。

そして、どうしても「筋肉を使わなければ成らない」という最大の誤解が
「体育」「スポーツ」という教育で身体感覚を身につけてきてしまった私たちの
癖として根強いゆえに、
そこの発想を転換してしまって、身体に馴染むのには時間はかかるかもしれませんが、

その方は、
どうしても腕と肩に力が入り、そこの筋肉を使って自分の身体をあげていこうとされていたのですが、
「なぜ、あがらないのか」
という説明をしたら、ウソのように自力で筋肉の力を使わずに気持ちよく上がった!と
キラキラした瞳で教えて下さいました。

私たちは本来、「できる」のです。
できなくさせているのは、筋肉が「いらんこと」をしているから。
力が入っているところ、緊張しているところの「いらんこと」をやめてみること。

というアドヴァイスがその時、その方にはスルーっと入っていったのです。

そして、その方は普段も肩がこり、また腕や肩に力を入れていらっしゃるそうです。
きっと、普段の生活の中で、   今後
自分が無意識にしてきた、無意識にしてしまっている「いらんこと」に
気付いていかれる一歩になられたかもしれないと思うと、

楽に生きて行ける一歩になるといいなと思うと、嬉しかった。



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私個人にとっての「フェスティバル」も、もちろん そこにはあったのですヨグー!

私がいくら、みなさんにと奔走していたとしても、おおいなるものは、
私自身にもフェスティバルをおあたえになってくださるのですよふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート

ですから、「先生、忙しそうだから・・・」なんて気遣いしてくださっていた方は、
どんなときにも、ノンノンノン。
また、普段からどんな方も、ノンノンノンです。
気遣いするより、話してみてね。

ダメなときはダメーって言うからね、遠慮はなしよ。にっこり

私は司会をさせて頂いて、とても良かったです。
実はね、沢山の先生方がお声をかけてくださったのですよ。
それがね、特に詭弁や媚のない先生方からお声をかけて下さったので、
自己否定することも、時にはある私も、とっても素直に そのお声をありがたく
受け容れることができたのです。

「あんた、うまいねー。この人受付の仕事でもやっちょんやろかー思ってた。
敬語をなんであんなに自然に使えるの? 私ゃいい勉強させてもろたよ。
あぁ、こういう時にはこう言えばええんかって。
私も、こう言おうとおもったっちゃ」

そういえば私はかつて受付の仕事をしていたのでしたぷぷ
その時には思い出しもしませんでしたが、今日になって、そういえばそうやなと
思ったのでした。
社会人になって、この「受付」から仕事がはじまったわけですが、
みなさんもおわかりになられると思うのですが・・・性に合わなかったので、普段は忘れています。

「自然で良かったよ。必要なところではコメントするし、それ以外は余計な事は言わないし、
美辞麗句がないところが良かった」とおっしゃって下さった先生。

「ええ声をしとんなさるねぇ・・・」とおっしゃってくださった先生。

いい声だとおっしゃってくださった先生が大変多くて、実は、驚きました。
私の声は、父も間違えるほど母にそっくりなのです。
母の声を聴いていれば、私の声がわかるのですが、そんなにいい声だとは思わなく、
鼻にかかった声だろうと思うところは、そんなに好きでもなかったからです。

でもね、私の声   というより   発声なのかもしれませんが
変わったのですよ、以前とは。
ヨーガによって変わってしまったのです。
ある生徒さんが、カラオケがうまくなった、声が出るようになったと言われるのですが、
同じだと思います。
のどに緊張がなくなったのと、こころの解放の積み重ねによって、変わったのです。
声の色ではなく、声の出し方が、ダイレクトにこころを顕すようになってくれたのかもしれません。
嬉しかったです。

参加されていた方はお聞きになったでしょう?
「この子がこんなちゃんとするようになって・・・私、涙出てきたわ」
とおっしゃって下さった先生もいらっしゃいました。
ドキドキしてたって・・・・・・心配おかけしたなぁと思いましたが、とても嬉しかったです。
この先生にかかったら、そこらの先輩の先生も、みーんな「この子」よ?
人生の大先輩だし、知識もヨーガにおいてもね。
だから、私はもちろん「この子」
これがね、心地良いのです。自分がだいぶん大人でしょ?年齢的にね?
でも、「この子」と言って励ましてもらえたり、叱られたりするのは嬉しいです。
そんな先生が、国際ヨガ協会には沢山いらっしゃいます。
人に嫌われるのを嫌う人の多い今のご時世に、ものの言える師範会の先生方、多くの先生方が
いらっしゃいます。
これは、立派なことだと思います。

個性美学を勉強できたこと。
秘密の歓談タイムがあったことうしし

お風呂が少しだけ遅かったので、
露天風呂にはだーれもいなくて、何百人の参加者がいらっしゃるのに、
露天風呂独り占めで入れたこと。

次の日、Uさんが言いました。
「先生、露天風呂の池、入りそうになりませんでしたか?
ふふふ、みんなで  先生やったら間違えて入りはりそうやー言うてたんです」
図星嬉し泣き
山下先生ともご一緒のタイムがあったのですが、
「こっちは?」と聞いたもの・・・・・
「アバヤさん、こっちは池ちゃうか?」
「えぇ?こんなん葉っぱ浮いてへんかったら、確実に入るわ・・・・」
Uさんに言いました。
「私の危ういツボがわかってくれはじめたのね・・・ありがたいわぁ」ぷぷ

仲良し先生三人で、照明の消えた あるコーナーの部屋でよなよな語ったこと。

摩耶学園以外からの参加の、会いたかった全国の沢山の大好きな先生や生徒さんに会えたこと。
一言二言しか話せなくても、半年とか一年の様子が確認できる・・・・・

シャンティーランカの方々と会えたこと、語れたこと。

フラワーエッセンスの方々と会えたこと、語れたこと。

私のお部屋の同じだった志摩の先生が、私たちの幾人かが購入した
かわいらしいスパッツを勇気を出して購入されて、
とっても輝いた笑顔で「買ったよー」と教えて下さったこと。
サットサンガではおそろいねうししと。


Hさんに教えてもらった行ける人で行った「久安寺」
ストゥーパの姿が、インドやタイみたいで、嬉しくて。
その中の涅槃像、そして日本にいくつかだけ伝わってきている仏舎利。
(お釈迦様の本物の遺骨)
そこを出たところに摩耶夫人の像・・・・・・(お釈迦さまの生母)
摩耶学園の摩耶には、地域の特色と共に、このお釈迦様の生母にもちなんだのです。
そして、そこから少し歩いたところにある仏像が無為印(アバヤ印)をしていたこと。
私のアバヤという一つのヨーガ名は、
この「恐れることは何もない」という事を人様に指し示し与える仏像のアバヤ印とも
なっている意味の「アバヤ」なのです。

やたらおそばが食べたかったのをみんなで辛抱した久安寺の食堂(仏教的にはジキドウといいます。)
舌の欲をかなえるべく、一口だけ、山下先生の頼まれたおそばを
ちょっとずつもらったこと。(それで舌の欲が適っておさまった)
ヨーガの智慧でもって、舌に聞かずに胃に問いかけてみましたね?
辛抱したからこそ、また来たいねって事になった。
食べなかったからこそ、またみんなで来ようと言ったこと。

びわの温圧療法の本が出て、あのとき注文したら会長がサインしてあげます企画で
会長に一言ってあったから、一言の中に沢山こめて、
本当に一言の英単語を書いたら、
その一言をきっちりキャッチして一言で返ってきて、爆笑したこと。
(そうくるのか!さすが英語を話せる人は違うなと思った)
そこに、そのほかにもメッセージがあったのも嬉しかった。



そして、本当はそれ以外にも、
多分それ以外にこそまた、更に嬉しいことや学びやがありました。

それはまた、私の中で熟成しては、みなさんに毛穴からお伝えしていけると思います



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2008年10月18日、19日
摩耶の各クラスの有志のみなさまと、NPO法人国際ヨガ協会「ヨガフェスティバル」
参加させて頂いて参りましたrainbow

みなさんの感想の大きな一声  第一位は
「楽しかった~ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート」でした。

さまざまなプログラムやコーナーや体験コーナーが、豊富なのがヨガフェスティバルの醍醐味。
普段から、自分に問いかける訓練をされているわけですから、
こんなところでもちゃんと発揮されていました。
それぞれのプログラムやコーナーで、自分のペースでよく楽しみ、よく学ばれている姿に、
ヨーガを感じ、拝見している私がとても しあわせでした。

全員でびわの葉温圧療法を簡単に学んだり
 とにかく、このもぐさの香りが良くて、私たちは、この香りを嗅いで嗅いで、
あまりに好きな香りだったものですから、Uさんは、しまいには、この棒状のもぐさを二本手にとり、
両方を両方の鼻にあて、「はぁ~、いい臭いやぁ~」と癒されていらっしゃいました。
私たちも、それいいアイディアだ!   と、
みんなで両鼻に、二本のもぐさをあてて、「はぁ~」といっぱい嗅いでいました。

摩耶の人たち、大丈夫?   なんて思われたかしら?ぷぷ
だって、とってもいい香りなんですもの・・・・・・・・・・
もちろん、ツボもみつけては圧し合いして、しっかり学んだのですよ。

インド舞踊のお話を聞いたり、インド舞踊を観るチャンスも得ました。
インド舞踊も非常にアーサナとの関係性が密で、こんなところからも国際ヨガ協会では、
ヨーガへの扉を設けています。

一日目の司会を仰せつかっていた私でしたが、
前にいては舞踊が見えぬと、途中なんども みなさんの側に回っては味わっていましたし、
できる事なら、私だって、ステップはわからなくても、
床を踏み鳴らして踊りだしたいわ汗;と思っていました。

夜の分科会では「インド舞踊」の分科会もあり、
摩耶からも数人の方が参加されていました。
もう楽しくて楽しくて、「インド舞踊やりたい!」という人も現れたくらい。
インド舞踊を通じて、日ごろの自分の体を鑑みて、
ヨーガにつなぎとめていた方もいらっしゃいました。
そう、そのために分科会はあるのです。つなぐという言葉自体が、
ヨーガの意味でもあるのですよ。

さまざまなところからヨーガへの扉を設けている国際ヨガ協会では、
こうして、夜には、さまざまな分科会が実施され、
自らに問い、好みのところに参加できるのですよ。
それぞれの分科会は、その内容の専門家でもあるヨガ教師が担当されています。

専門の師範、師範代のチームがちゃんと構成させているのですよグー!

だから、生徒さんはもちろん、先生だって更に更に学べる、学び続けられる場になっているのですグー!

ですから、どんな好みの人も、どんな体質の方も、どんなこころの性質の方も、
それぞれに応じた楽しみと学びができる場なのですよ。
何十年とヨーガを行じている方、
何十年ものヨーガ教師の方、
年配の方、
ご病気の方、
体のご不自由な方、
妊婦の方、
お子様、
今日からヨーガをはじめた方

どんな方も、自分の気づきとして  楽しみと学びを得られる場なのです。

今年は、摩耶学園の私たちが一番近い学園でしたが、
来年は岩手が会場になります。
旅の楽しみが来年はプラスされますので、
今年はご参加いただけなかった方、どなた様でも、ぜひ、来年ご参加頂けたらと
こころよりお待ち申し上げておりますにっこり

さて、分科会のお話に戻りまして、
徹底的に自分の体の歪みやねじりなどに注目して、それをどのようにしたら
修正できるのか   という修正法の分科会もあります。
体の修正の天才、私の大好きな先生の一人でもある多香先生の分科会に参加された方も
いらっしゃいました。
今度のクラスの時に、みんなで感想や何を教わられたか、ぜひ教わりましょうねグー!

足裏健康法の分科会に参加された方もいらっしゃいましたよ。
ふふふ、しあわせだったとおっしゃっていたのは、
その方は、「楽になれたらなぁー」と思って参加されたのでした。
その方がペアになられたのは、リフレクソロジーをする側の勉強をされている方で、
「勉強できたらなぁー」と思って参加されていたとか。
お互いのニーズがマッチして、
私のところの方は、ずーっとやってもらい続けられたのだとか!!
おぉ、おおいなるものよ       それぞれの人に恵みを与えられて・・・
とっても気持ちよい時間を過ごされたのですって笑い。

そして、フラワーエッセンスのトリートメントコーナーに参加された方は、
自分にあったトリートメントをちゃーんとしてもらって、お持ち帰りになりました。
そして、最近ご案内していた
ファイブフラワー、レスト、エグザムのシュガーグラニュールのお試しコーナーもありました。
私も司会のお仕事の前には、エグザムを利用したのですが、
コーナーの方曰く、「ほんとうに、ここまで有効だとは思わなかったです」
とおっしゃっていたくらい、このシュガーグラニュール、かなりいいって評判なんですって。
って、私もサンプリングしたときに驚いたのですよ。
それで、みなさんにもサンプリングしていただいたらきっといいなと思ってさしあげたのですよ。

また、アレクサンダーテクニークの個人ワークショップに参加された方も
いらっしゃいました。
いつもの自分の体の癖、もう生まれてからずっとそうである、あたりまえだと思っている
体のあり方が、このたった少しの時間で、全然違う、あるべき体のあり方に
なるのを感じた部分があったとおっしゃっていました。
これは、受けてみないとわからない! とお話していらっしゃいましたが、
私も同じ感想なんですよ、いつも。
私は毎回受けるのですよ。
続けて受けていると、少しずつ少しずつ、自分のこころや体の声がわかりやすくなるのですよ。
ヨーガにも大変大切なファクターの一つ。
それをアレクサンダーテクニークから身につけるチャンスを得るのは、なかなか有効です。


そして、アーユルヴェーダのコーナーもあります。
私自身、アーユルヴェーダのセラピストで、このコーナーを担当してくださる
シャンティー・ランカの皆様とは、親しくして頂いており
会えるだけでもハッピー気分で、しあわせでしたし、
ヘッドセラピーをしていただかれた方もいらっしゃいました。
多くの方々が希望されていたので、本来なら順番が回ってこなかったのですが、
私たちがうかがったときに、予約されていた方々がまだ来られず、
ブランクになっている時間ができていたのです。
そこにすかさず「お願いします!」で、このおおいなるものにチャンスを作っていただかれた
方々は、至福のときを味わわれたのでした。
終られた後は、客観的にも目が、眼球自体もとても綺麗でキラキラしていて、
「めんたま自体がめちゃめちゃ綺麗になってる!」 と言ったのでした。
また、顔もリラックスしてしまい、とてもかわいらしいつぶらな瞳になられていました。
恐るべし、アーユルヴェーダの作用絵文字名を入力してください

また個性美学で、個人個人の現状の体質や、生まれ持った性質や、
また、現状を鑑みて、何をどう気をつけていけば良いのか、を
アドヴァイスいただけるコーナーに参加された方もいらっしゃいました。
貴重なアドヴァイスを頂かれ、今後のヨーガクラスにおいて、
何を指導してもらいなさい  等々のアドヴァイスも頂かれ、私も先生から直接
参加された方へのアドヴァイスをうかがいに後で先生をたずねました。

お一人は、偏頭痛の多い方だったのですが、
私も個性美学を学んでいる観点や、サイコセラピーの観点、アーユルヴェーダの観点からも
様々考えていたのですが、
その症状にいち早く働きかけられる対策としてアドヴァイスを頂いた点、
私自身が目からウロコで、
参加された方のお蔭で、私自身が良い学びを頂いたのでした。
そして、それは、きっとその方の様々な面に影響している点であろう事から、
個人アーサナ(アバヤのヨーガクラスでは、それぞれ一人一人に応じた対応をしています)
を積み重ねる事により、暮らしの中で変化が現れていかれるだろう事を思うと、
とても嬉しかったです。

そ・し・て
実は、参加した私たちが大変楽しみにしていた事があります。
それは、チャコットのウェアですキラリラ
国際ヨガ協会のヨガフェスティバルには、毎年、チャコット様がおいでくださるのですえぇ
たしかに、ヨーガはウェアでするものではございません。
最高のカルマ・ヨーギであるといわれるお釈迦様は、高価な王子の衣装をお付のものと交換され、、
お付のものをお帰しになり、出家されて行きました。
また、その道すがらで、更にただの汚れた布をまとったものなどと交換し、
自らの存在以外の持ち物への執着を断つために、糞掃衣(ふんぞうえ)をまとわれていったのですが、
私たちは、また、それを知っていたうえでも、
私たちの嬉しさや楽しさ、こころの栄養として、時として、それらをあえて身につけたいのですものローズ

私は、とっても好きですよ。

ウェアひとつで元気になれることもある。
ウェアひとつで、勇気が出ることもある。
ウェアひとつで、なんだか改めて女性である事を思い、やさしい気持ちになれることもある。
ウェアひとつで、なんだか自信が出てくることもある。

摩耶学園チャコット買い物隊

とってもとっても楽しかったです。
みんなの笑顔が今も胸に焼き付いて、しあわせな気持ちにしてくれますよ。
それぞれの個性をみんなで尊重しては、似合うものを選んであげたり。

そしてね、私はこんなところも良いと思うのですよ。
普段の自分なら、自分に枠をつくりがち。

でも、特別なチャンスや仲間に助けられて、こんな色は着られない・・・・と思っていた色のものを、
こんなのは年齢的に合わないと思いこんでいたものを、
自分には、こんなタイプのものは似合わないと思いこんでいたものを、
着てみる行為に出られたりするのです。
それは、こころの壁を解放する瞬間であったりもします。
そんなところも、私は大好きなんです。

摩耶の仲間たちは、ぴったりでないと感じたときには、ちゃんと言い合って、
より、その人の個性がひきたち、より似合うものをお互いにアドヴァイスしあったりされていて、
お互いに、選ぶのにとっても心強くて安心でした。

ある人は、これはやめといてください!  なんて、自分の持っていた三枚も
やめてくださいリストに入れてもらっては、
より似合うものを見つけだされていました。

とっても素敵なウェアをそれぞれ手に入れていらっしゃいました。
私は、それを着てこられるのを今から楽しみにしています。
中には、「夏はまた来るぷぷ」と、
来年の夏用のウェアを購入されていた賢い人もいらっしゃいました。

実は、私もチャレンジにこころの解放的に選んだものもあり、
楽しかったですポッ

また、各クラスで参加された方に、
楽しいお話や、また学ばれたことなど、うかがいましょうねグー!

そして、また
来年も一人でも多くの方とご一緒できる事を
こころから希望してお待ちしています。ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート






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2008年10月12日
つかしんに大輪のハスの花咲く~キラリラ

つかしんの文化祭に摩耶の各クラスから有志で参加させていただきました。
ご参加頂きました方々は、ありがとうございました。

太陽礼拝(スーリヤナマスカール)をして、最後にハスの花をモチーフに、
参加者全員が一つの花になりました。

終った時のみなさんの第一声は、
「気持ちよかった~ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート」でした。

普段から みなさんが各お教室で実践されているのと同様、
参加されたみなさんも、自分の呼吸と体に合わせてアーサナをしたり、こころをみつめたり
を積み重ねてこられました。

そして、それを観ている人がいてもなお、己の呼吸と身体に意識を沿わせて
アーサナできるか   というのが、最大の生きたヨーガ体験なのですにっこり
私も、私の国際ヨガの先生である、山下先生にずっと体験させて頂いてきたことで、
様々な気づきやプチ悟りがあり、そして、自分のよい変革にもつながってきたので、
ぜひ、一人でも多くの方に、私も体験して頂きたいと思いました。

そして、お見事。

参加してくださった方みんなが、「気持ちよかった~!!」を実体験してくださいました。

そしてまた、スーリヤナマスカールをさせて頂いたのは、屋外でしたので、
それがすごく気持ちよかったそうです。

自分の内側のプラーナと外のプラーナの溶け合う感覚なのですキラリラ
また、みなさんもご一緒に、屋外ヨーガの企画ができたらと真剣に思いました。

みなさんにご紹介していますおすすめCDの中のLike the oceanの二曲目「未知なる世界へ」の曲を流しながらアーサナしました。

この曲は、とてもインドの深い静かな感じの曲で、この曲が良いというリクエストを多く頂いたのでした。

ヨーガをおこなう私たちには、各クラスでも流しているこの曲、とても良いでしょ?
でも、日曜日の夕暮れに、一般の方々の中で流しながら「太陽礼拝」のアーサナをして・・・
と想像したとき、
「変な宗教?」と思われそうやなー嬉し泣きとみなさんで爆笑していたのです。

でも、私たちを観て   と思いました。
特定の宗教ではなく、ヨーガは、真の「宗教性」=スピリチュアリティーを各々で、
各々の好みに応じて、己に問う、己に従うという練習をしているのだし、
それを実現させているのだもの音符

それはきっと伝わるわって思いました。

自分の体や呼吸に合わせてアーサナをする   という事自体が、この訓練になっているのです。


一人一人色違いのショールを使ったのですが、
このショール一枚で、全員がインドチックに観えたのは、きっと、ヨーガをする人が
何かしらそんな縁で結ばれているのかしら・・・・・と
真面目に思えた瞬間でした。

額にはビンディー、足にはアンクレットをしてみました。



観ている方が私たちのアーサナをご覧になりながら
「ヨガってダイエットのやつや」
とおっしゃったそうです絵文字名を入力してください
また、そのあと、
「みんなバラバラで合うてへんなぁ」
「腕立て伏せ?」
などなど。

アーサナをしながら、みなさんがこころの中で思われたそうです。
「ヨーガは、呼吸なの」
「黙って観ててみて」
「ヨーガはそんなんと違う。ここに居なかったら、言うてるとこや」
「ヨーガは、それぞれの呼吸と身体に合わせてやるの」
「外から形だけ観ててもわからんやろなぁ、アーサナなんや、腕たてふせじゃないねん」etc

それを後でうかがって、
それぞれの方々のヨーガの理解が、それぞれの方にとってすばらしいものであることがわかり、
私は感激した。

それでもみなさんは、呼吸を乱さずにアーサナをし続けられました。
これは、日ごろの積み重ねによって、自分がこころの反応にプラーナを乱さないで
いられるようになっている事の立証です。

そして、それでも、静けさに意識を沿わせていっていると、
言っていた人は黙られていったそうです。

そこで
「気の乱れは去った・・・」と意識を集中された方
「どんな事でも、人がこうして一所懸命やっていることを観ていたら、
普通の人であれば、黙っていくやろ」(形ではなく、その人たちの一つのことへの気持ちが
理解できるはずだ)
と思われたそうです。

静かな水面に一瞬は石が投げ込まれたけれど、その波を自らで大きくせず、
それをしっかり自覚して、意志でプラーナをそのまま保ち続けられていく事によって、
それぞれの方のこころの波は、もう一度静寂を迎えたのだそうです。

気にならなくなり、その後は、全てがそこにあるけれど、
自分に静かに集中できていって、まるで何も聴こえなくなったようだったそうです。


実は、私は全く聞えていなかったのです・・・
耳としては聞えていたのだと思いますよ。音楽も聴こえていました。
周りの物音も全て耳からとりいれられていました。
しかし、私は、みなさんに意識を合わせていました。私の呼吸と身体に意識をおきながら。
ずっと、みなさんの気持ちよさが伝わってきていて、
それが心地よくて、心地よくて、味わっていたので、みなさんのお蔭で
きっと、耳に入らなかったのでしょうふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート

私のチャレンジでもありました。

みなさんのお蔭で、わたしはとてもしあわせで気持ちよい、
みんなで一つのアーサナを味わいました。

一人で家で、アーサナやヨーガ行をするより、
アーサナの気持ちよさは、各クラスで、
みなさんとするのが一番心地よくて、しあわせだと感じるのは、私だけではないようですが、
その理由は、こういう所にあるのでしょうねrainbow

これからも、自らの気づきのお役にたてる企画を
私自身、チャレンジして参ります。
どうぞ、一人でも多くの方に、またご参加いただけますように。



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インナームーブの129号が来ました。
最初に目にされたのは、ナチュラル・ヨーガクラスの方たちでした。

「えぇ?」

129号でとりあげられているアーサナは、「二脚倒立」でした。
シルシアーサナができ、何分もそのままいられるようになれば、
バランスでできるようになるアーサナです。

国際ヨガ協会では上級アーサナに入っており、どんどんアーサナを極めていきたい方々は
チャレンジされています。

びっくりしないで、ほぐしのところを一緒にやって参りましょう。



ナチュラル・ヨーガには、また新しい方がいらっしゃって下さいました。
ジムのヨーガに少し通われたのですが、
何か違和感がありつづけられ、先日、ヨーガ哲学の講義を受けるチャンスがあり、
違和感があった部分に確信を持たれ、
ヨーガをやるには、やはり、ちゃんと先生についてやった方が良いのではないかと
思われていらっしゃってくださったそうです。

ナチュラル・ヨーガクラスは、一回一回のお申し込みとお支払いのクラスですが、
何度か来て下さる方には、アバヤの摩耶学園として、
カルテを作成し、個人個人のフォローアップをさせて頂いています。

こころの奥の声を聴いて、来られる方がジワジワとどこのクラスでも聴こえてきます。

私は、一時期は流行の事を提供するのが、多くの方々に満足いただけるのだろうかと
思い、自分の足元を見つめなおしたことがありました。

もともと、バッチフラワーレメディでいうと、「ラーチ」の性質の反応が時々起こるので、
自信なく、そんなことを思う事もあったかもしれません。

自信がなかったのは、自分のヨーガに対する理解度でも、体験の度合いでもなければ、
ヨーガに対するものでは決してありませんでした。

多くの人に理解してもらえること、もししたら、受けのようなものも考えていたのかもしれませんね。

でも、自分を観てみました。自分の声を聴いてみました。
私のヨーガに対する思いを、この思いにウソをつくことができるわけがない。
私のヨーガに満たされたときの しあわせ感こそ、
みなさんに伝えたいものなんだ、そう思って歩んできたんじゃないかって。

ヨーガは、全てを含有しているので、どんなものもヨーガです。
フィジカルなものも、どんな文化芸術も。
それでも、私のわかり得たヨーガこそ、私にしか伝えられないものなのかもしれない、
ヨーガと称したフィジカルなものは、多くの人がやられている、
それでは私がやることは、私こそできることなのではないかと思いました。

少人数でいいじゃないか。
内容の濃い、実感のあるヨーガを全身全霊で伝えたい。

そうこころの奥で思っていて、地道と書いてアバヤと読むみたいな感じでやってきて、
みなさんが、自分の求めていたものがあった、
やっと、めぐりあえたとおっしゃってくださることが、どれほど、私を生かして頂いた事か。

勇気を頂いて、私は今日もこうして居させていただいているのでした。

全身全霊なんていうと、たいそうに聴こえるかもしれないけれど、
そうでもないのですよ。

私、人生まるごとヨーガで、人生まるごとヨーガが好きで、
なんでもヨーガ   どこでもヨーガ    いつでもヨーガだと思っているのだから。

だから、食べる、寝る、暮らす、愉しむ
みーんなOK、その中にあるのだものね?



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こんな場でお知らせするのもどうかと思いながら・・・
しかし、ヨーガクラスやセラピーなどの場では、ついヨーガモードで
忘れてしまうのです・・・・・・・
また、出雲の旅のアップが終ったらと思っている間に今日にいたってしまいましたが、

10/1日に籍を入れました。

何一つ、感覚的にも変わらないので、
「こんなもんかえぇこんなもんでええんか」と
言ったほど・・・一度目の結婚のトラウマは実のところは多くあった私なのですが、
こんなに自分がブレず、ブレすぎなくて、これでいいものなのかと思うくらいでした。

名前も、様々なディプロマも何もおなじみの名前で頂いているので、
そのままで行きます。
本名の苗字だけ変わりましたが、
プライベートの特定の時しか使わないと思うので、
人生の98パーセントは、使わないかもしれません・・・・・にっこり

実は、あまりにも変化なく、実感もないので
お話する事も特になく  過ごして約2週間、
報告しなければならないのではないか?という気持ちも薄れ、
手続きしなければならない事でさえも、そのままになっていくのではないかと
思っている。

ただ、いろんなプライベートの郵便物や荷物が届く名前だけは、
あえて変えようと手続きを時々している。

理由は、うまく届かないものが出てきているからだ・・・・・・・・うーん

私のとった策

①表札にHealing Space Abhaya ○○○  と、おなじみの名字の表示を加えた。

だんだんめんどうになってくる気がして、
カタログが届いたり、情報誌が届いたりするものについては、
プライベート名に変える作戦に出ることにしたのでした。

多分、不都合なく届いていたら、そんな事もしなかったかもしれない・・・


でも、それくらいはしてもいいかなとも こころが思った。
パートナーへの心遣いかもしれない。それは、様々なこころの壁に譲歩してもらったところがあったと思うからだった。ほんとうに行のパートナーで、妙なパートナーシップなのです。

カタログや情報誌は、仕事、ヨガ、セラピーに影響ない。
それなら、変えてみてもいいじゃないかと。

名乗ることが98パーセントの場面でないのなら、それくらいはと思った。
その理由の半分は、届かないからめんどうだなぁというキッカケだったとしても涙
アバヤの名前のままで生きていけばいいじゃないかと提案してくれたのは、
実は、パートナーだったゆえ、
私の意地でも何でもなく、そのままなのです。

わたしは一人っ子ゆえ、実は、様々なこころの葛藤があるのです・・・・・・
その苦しい、悲しいこころの事情は、もう何年にも渡って話していたゆえ、
つい最近になっても、最後のこころの壁がある事を話したときに、
「そのままの名前で生きていけばいいやんエエェッ!?!?
紙切れの制度の名前が変わるだけやんエエェッ!?!?
あんたは、変わらないやん、アバヤやんbikkuri01

と・・・・・・・・

あ・・・・・そうですか?
そ・それでいいんですか?

んなら、んなら、何かちょっと勇気出てきた・・・・・と思ったのでした。


幼少の頃からあった、私のこころの気がかりな事でしたから・・・・・


もともと、制度にこだわりが全くないパートナーは、なぜか
籍はいれる方針に強くなったのは、なぜだろう? と思っていたのですが、
それは、自分たちではなく、周りの人への配慮と
もう一つは、いざという時に、
命を助けられるかどうか   なんていう時に、
手術の同意にサインできるかできないかは大きな違いだと言ったのでした。
その権利が得られるからだったようでした。

ちょっとびっくりしました。

ちょっと、相当に珍しいタイプの人なのですが、
理由がまた、やっぱり珍しいではないですか・・・・・・・

しかし、いろんな理由に、ヨーガ的な観点がある私には、
実生活上、だから? だから?と思うかもしれない所が実は少なくないので、
この理由は、    あ・そうなんですか・・・・それではいざという時には命を救って下さい
と、妙に思えたところかもしれません。


様々なこころの解放が、このプロセスの中にはありました。
この こころの解放のプロセスは、誰の役にもたてて頂けると思うものでした。
みなさんに、それを伝えたかったのですが、
何分、結果も出ていないうちには、説得力がないのかもしれないと思い、
控えていた解放話の例もありました。

これからは、こころおきなく、
こころのヨーガの一例としてお話していければと思います。
それをもし、お役にたてていただき、
みなさまのこころの解放の小さな杖や勇気や笑いのゆとりにしていただければ、
頑張って行じたかいもあったと思います。



パートナーも、みなさまのお目にかかる事もあるかもしれませんが、
山の修行者のようなマインドを持っていて、もしや表面上は愛想のないような事があるかもしれません。
珍しいタイプかもしれませんが、無礼者ではございませんゆえ、お許し願えれば幸いです。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。





明日10月12日、
尼崎市の「つかしんカルチャーセンター」の秋の文化祭にアバヤの仲間たちも参加します。

17時30分ころから、「太陽礼拝」をアバヤのヨーガの各クラスから
8名で参加させていただきますので、
お時間の許す方は、ぜひ、応援下さい!
よろしくお願いいたします!

ご参加の方々は、有意義な体験としていただけることを、
こころから願っております。

私は、このような体験を積み重ねて、ヨーガの感性を育ててきたので、
ぜひ、みなさんにもと願っております。にこり

文化祭の様子は、また後日アップして、お知らせいたいと思います。ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート





次の日は、帰路につきながら、どこかに寄っていこうという計画にしていた。
出雲や松江方面は、思うよりずっと観光場所があるのですね。

松江だから小泉八雲?
う・・・ん、今回時に興味をそそらないし・・・
と思いつつ、いろんなインターで、ゲゲゲの鬼太郎グッズがあるのに気がついていて、
もしたしたら?鬼太郎ロードって、行ける範囲なのか???  と思い、
なぜかそれ以来私は、「ゲゲゲ」  「ゲゲゲ」といい続けていたのでした。

帰る道に寄れるようなところならと思ったわけです。
この「ゲゲゲ」連呼により、旅のパートナーは、
松江城を観て、遊覧の舟に乗るなんていうのもあるようだから、そんな事を考えていた らしい
のですが、
「鬼太郎ロード」に行きたいのだろう? と思い、主張をとりやめていたようだ。

それを知ったのは、帰り道に松江城を車の窓越しに見た時だったのだから、遅い・・・・・
松江城ってすごいなー、寄って行こうと言うと、
時間的に無理だと言った。

旅の友は、城が好きなのだ。
何か、妙な気が流れてきた。本当は観たかったに違いない・・・
なんで、松江城に行こうと言わなかったのか聞くと、

ゲゲゲ、ゲゲゲとあまりに言っていたから、鬼太郎ロードに行きたいのだろう、
それなら、松江には行っていられないと思ったからなんだそうで、
なんか、マズくないか?そういうの?と思いつつも、
鬼太郎と松江城が両立できないなら、特に鬼太郎ファンなわけでもないのだから、
松江城でもいいじゃないか? と思ったのだが、
数時間で足早にめぐるような城ではないのだそうだ(城ファンにはだと思うが)
とりあえず観ましたよー、来ましたよーっていう松江城なら、
よいのだろうけれど、興味のある者がある程度満足するには、
全く時間が足りないだろう。

また来るからいいサ   という事で、
連呼していた「ゲゲゲ」を目指した。ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげるは、
境港の出身なのだそうで、それで境港に鬼太郎ロードと、鬼太郎記念館ができたのだそうだ。

ほんとうに寂れた港町だったことをうかがわせる商店街の名残があった。
しかし、そこを変えてしまうだけ、「ゲゲゲの鬼太郎」というのは、
日本人に馴染みのある存在なのだろう。

おかしなもので、実際には存在しない、鬼太郎 や 目玉おやじ や ねずみ男は、
いないと言われた方が不自然なくらい、存在感が私たちにはある事に気付いた。

ねずみ男


様々な妖怪のブロンズが、商店街に並び続けているのだ。
少し前までは、何屋さんだったのだろう?と思わせる店が、
鬼太郎のグッズやお土産物屋さんになっていて、
私は、何か複雑な心地もした。

やたら多かったのが、「当店オリジナル」と言って、
たぶん、その家、その家ののおばあちゃんや、おかあさんが手作りで作った「チャンチャンコ」や
「カバン」や、中には「あやつり人形」まであった。

オ・オリジナルって・・・・・
商権とか、商標とか、そんなもんカンケーない、水木先生と鬼太郎は、わたしらは町の
大切なもんなんだ、ワシらのもんだから

みたいな、応援と誇りと、ちょっと自慢気な雰囲気が漂っていて、
人間くさくて、人間くさくて、
そりゃー、妖怪もここには沢山いただろうさ   と思えたたはー

そういえばむかーし、『のんのんばあとオレ』という本を読んだことがあるけれど、
それは、水木しげるの本だった。
水木しげるのあばあさんが、しげる少年に、妖怪の話を沢山してくれたんだそうだ。
水木しげるを偉大な鬼太郎をはじめ、妖怪と人間の架け橋に育てたのは、
その のんのんばあ だったのだ。

目玉おやじ


水木しげるは、記念館の中で流れていたインタビューの中で
「わたしが長年研究してきた結果、妖怪がいなくなったのは、明かりが増えたからだ」
と言われていた。

とても科学的なのに、妖怪は存在するという立場(確信)で説明されているところが、
なんともなんとも良い。
誰もがこの人に会うと、この人を好きになってしまうんじゃないか
と思える、なんて素直な、豪快な人なんだろうと思った。

鬼太郎


しげる少年は、幼少の頃、ながい間言葉を発しなかったのだそうだ。
今ならどうでしょう?

人と比べるばかりで、平均値ばかりで子供や人をはかりがちなわたしたち・・・
ちょっと、この時期に歩き始めると聞けば、自分の子供は「遅れている」と感じ、反応するこころ・・・
その子供が、本当はまだ、お乳を飲むのが最適であるかもしれないのに、
何ヶ月くらいからは離乳食を与えなければと反応するこころ・・・・・

これは、子供だけではなく、わたしたちが常に反応しがちなところですよね。
わたしたちは、なぜ、マニュアルがないと安心しなくなったのだろう?

それは、自分自身に問わなくなったからだ。
自分の声を聴く、見えない耳を使えなくしてしまったからだ。

ヨーガを、こころのセラピーをつづけるヒーリング・スペース・アバヤの仲間たちは、
知っている。
その耳が、使えるようになる事を、その声がいつか、聴こえはじめることをにっこり

怖いけれど、勇気がいるけれど、時には反応するけれど、
やっぱり、自分に問いかけることを、その人まるごとに問いかけることを忘れてはいけない。
自分に問いかけられる人は、人の身体やこころからの声も聴こえるようになる。
そうすると、その人に本当は何が必要なのか、わかりはじめてくる。

少なくとも、何は必要でないのかは、案外早くわかりはじめてくる。


しげる少年がはじめて言葉を発したのは、4歳になってからとあったように思う。
4歳ですよ?
しかし、「異常」のレッテルを貼られるような事はなかった しげる少年は、
だから、異常ではなかったのです。だれも、それに目くじらをたてて、病院に行くような事は
なかったのではないだろうか。

しげる少年が始めて発した言葉は、
「ねこのおしっこ」という意味の、「ねんこんばば!」とかいうのが、
巨匠水木しげるの最初にのたもうた言葉なのだそうです。
自分がおねしょをして、
「自分じゃない、ねこがおしっこをしたんだ!」と必死で言い訳しようとしたエネルギーが
しげる少年の はじめての お言葉として発せられたのだ。

すこーし、緊張なのか何なのかで、言葉がその後もすんなり出なかった事も
あった少年なのかもしれないけれど、
さまざま、雄弁に自分の世界を語られる水木しげる、
スタートが少々言葉が発しにくかろうが、なーんか問題ある?

って感じの、この感じ、
いろんな場面で覚えていたいなぁと思った。

小学校のときか、自己紹介をする時に、「しげる」と言いたかったところを
「げげる」と口がいってしまったことから、
「げげる」と呼ばれるようになったとか。

ゲゲゲは、ここから来ているとか。


この人の歴史を観ていると、何度も仕事を首になったり、仕事がダメになったりと、
いわゆる「つまづき」とも思えることが沢山ある。
が、いっこうに意に介さず、しげるは人生をがっつんがっつん進んでいく。

戦争になって、戦地に赴いて、しげるの所属した部隊が全滅したのだそうだ。
爆撃されて壊滅しているのに、彼は、死ななかった。
たった一人、死ななかった。
その時に腕をなくされたそうだが、水木しげるはその後も力強く生きて、
もう、85歳を過ぎている今も、ものすごく元気で、少年のようだ。

マラリアにもかかったが、普通なら死んであたりまえのような状況でも
やはり、死ななかった。

そんな痛快に思える人生がそこでは観てとれた。

わたしは、それらが一番心地よかった。
水木しげるという人が大好きになった。

水木しげるは、逃げようとする時には、素直に誤魔化し逃げようとしたし、
ズルい事をする時には、素直に、一所懸命ズルをしては
豪快に生きてこられたような気がした。
80歳を過ぎてから、自分が赴いた戦地に行ってみたのだとか。
そこで、旧友たちを弔った。
それらの海外旅行が、しげる氏のワクワクに火をつけたようで、
それから、世界を旅されているのだそうだ。

なんて、こころの自由度が大きいのだろう。
だから、目が素直で、キラキラしていて、誤魔化すこころや、ズルいこころを
全く誤魔化さず、ズルく思わないで、受け止めてきた人の目なのかもしれない。

ヨーガな人だ・・・・・


ゲゲゲをあとにして更に岐路につくと、米子にさしかかった。
米子は、日本ヨーガニケタンの本部がある。
木村慧心先生のおひざもと。
興味あるに決まっている。

旅の友が、どんなところか行ってみたいんじゃないのか?
と言い出せない言葉を言ってくれた。

そこで、こころが閉じてきて、行きたいのに、行きたいと言えないという反応が
はじまった事に気付く。
なかなか、簡単に来れないんだから、行きたいなら、
「行きたい!」と言えないとあかんでーと言われ、

時々、むかーしのこころの反応が出る事をことわって、
「行きたい!」と声を発した。この壁は、少々力が必要だった・・・・・

もう薄暗かったが、ここが本部なのだなー、木村先生はここにいらっしゃるのだなーと
思って、拝見するだけ拝見して、今度は本気で帰路についた。

旅は、やっぱり、こころの旅だ。
毎日の日々もこころの旅だけれど、足を少し遠くにのばす事によって、
時にはこころは、いつもよりうまく、解放に挑戦することもある。

いい旅になった。

ヒーリング・スペース・アバヤの仲間たちには、
出雲の縁結びを、小さなお土産にしよう。男女のことではなく、
縁は、事の起こり、それぞれの、様々な事の縁を、
よきこと、悪しきことと区別しないことが、実は良縁のはじまり。

そんな気持ちを、小さなお土産に託して、帰路についていった。

~おわり~








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それぞれ、横隔膜呼吸のトレーニングは、いかがですか?
横隔膜が緩んだでしょうか?
少し、意識化できるような気がしてこられたでしょうか?

だいたい、全クラス、次回くらいから新しいインナームーブをお配りすることになりますので、
チャンスのある方は、もう一度、折角の呼吸法トレーニングを丁寧にやっておきましょう。



つかしんのヨガ式リラックスにも、新しい仲間が入ってくださいました。
Sさん。
みなさん、よろしくお願いしますねにっこり

いろんな所が不調に感じられているようですが、ちゃんと感じ取っていらっしゃるところが、
まず、良かったです。
これから、少しずつ、ゆっくりと「自分」に向っていかれることを祈り、
一所懸命、ヨーガをお伝えしてまいります。


そんなヨガ式リラックスクラスで、
他のクラスでも同様ですが、自己紹介を兼ねて、ヨーガと自分、
また、気付いたことや、今の自分、何か感じた事をおっしゃって頂きました。

ひどい肩こりだった方が、もう肩こりはないというお言葉。
腰痛がひどくてヨガを始めたけれど、今では腰痛はないとハッキリした自分の変化を
感じとって下さっている方。

体ののび、ゆるめる感覚が
わかりはじめてきて、とても気持ちよい。
また、自分で感じている方向よりも、更に方向を教えてもらえることで、
体の気づきが変わるし、更に楽に伸びるようになるとおっしゃってくださっていた方。

体が固いと思っていて、私にはうまくできないかな  なんて最初思っていたけれど、
ヨガは、それぞれ自分に向っていくものなのだと思って、
私は、私でいいんだな、目を閉じて、私に向えばいいんだなと思えるようになってきたとおっしゃってくださっていた方。

ヨガを続けてきて、ヨガだけでよくなったわけではないかもしれないけれど、
全身に湿疹が出て、よくならなかった時期があったけれど、
呼吸を意識して、いつもはやらなかったけれど、ある期間、家で
朝と夕方に10分ずつやってみていたら、急にみるみるなくなっていった。
また他の症状もなくなっていた、他の方のお話を聞いているうちに、自分も確認できたと
おっしゃってくださっていた方。

人と接するとき、お話をする時に、
自分の顔の動きや緊張が感じ取れるようになってこられたという方。
緊張を感じ取ることを、感情を動かさずに、観察として楽しんでやられているという事でした。

また、いつも緊張が多いけれど、気付かないできたのかもしれないけれど、
最近では、緊張している時に、そうだとわかるようになってきた、また、
あらたに初心にもどって頑張りたいとおっしゃってくださっていた方。

ずっと肩がこったりしていたりしていたけれど、自分の肩の意識なんかなかった。
最近では、毎日の中で、ハッと気付くようになった。
気付くと、肩を上げている事によく気付けるようになってきた。
とおっしゃってくださっていた方。

そんなこんなの今の気づきをうかがって、
私はうかがいながら、涙が出てきた。

みなさんが、少しでも体が楽になっていらっしゃること、
しんどいというのは、苦しいことですから・・・・・・
楽になっているという事の嬉しさに。

また、様々な暮らしの中、こころが解放されたり、
リラックスできる場にしてくださっていることの有難さ、うれしさに。

良かった・・・・・・みなさんに出会えて良かった。
私の元気は、みなさんがいてくださってこそ。

ほんとうに、ヨガ式リラックスクラスの皆様、
全てのほかのクラスの一人一人の皆様、
ありがとうございます。

こころから感謝いたします。

そして、また、
アバヤ、
自分をみつめて、泣いて笑って、鍛えて
みなさんのお役にたてますように、精進して参ります。

どうぞ、皆様のお力ぞえを、今後とも下さいませ涙




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昔の私だったらどうだっただろう?
まっぱ(真っ裸)になって、受ける事ができただろうか?

もしかしたら、自分の気持ちよりも、「どうするものなのだろう?」と、
自分が常軌から逸脱するのではないかというのが気になり、自分のこころと体の声を
聴いてあげて、それを実行に移すことが自然にはできなかったかもしれない。

あるいは、「ほんとうにそうしたら、おかしいと思われるかもしれない」と、
自分がどう思われるのかを気にして、やっぱり、自分はどう感じるのか、自分はどうしたいのか
を自分に聴いてあげて、それを実行に移す事が難しかったかもしれない。

まっぱ(真っ裸)で、担当の人をリラックスして待てている自分じたいが、
奇跡の一つで、それをとても嬉しいと思いながらお待ちしていた。私にとっては意味深い事だった。


担当の方は、
「せっかくですものねぇ?ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート
と快く、やさしくおっしゃって下さった。

ほんとうは、それでも、多くのみなさんは、用意されていた小さな紙パンツだけは、最後の砦として
身につけていらっしゃるのかもしれない。
ほんとうに、まっぱ(真っ裸)で、しかもちょっと嬉しそうに待っている人は珍しいのかもしれないけれど、
それは、気にならなかった。
もしそうだったとしら爆笑だなと、笑いのエネルギーに転換できるバランスを
今の私は持っているのを感じた。

何が私に起こったのか。

それは、『ゆだねる』という   こころの働きだろう。
ゆだねるは、バランスよく こころに起こると、謙虚で、自己否定もない、
「よろしくお願いします」という気持ちのよい 人や、他とのエネルギーの交流が起こる。
(ヨーガでは、更におおいなるものに  ゆだねるという深さに意識化していくことにより、
より深い自己の部分からのバランスをとろうとする働き、方法、状態を目指していくわけです。
ヨーガにおける真の宗教性とは、このような健全なこころの働きを指します)

それがアンバランスにこころに反応を起こすと、
「必要以上に頼る」   「依存する」等々、実は謙虚さのない
己に問いかけたり、実行したりするところをないがしろにした、実は自己否定的な
甘えとなったり、
また、逆に、
「絶対に自分だけでやります」 「人に迷惑をかけたくない」というアンバランスな意味での
頑なさとして現れたりして、そこには、自己に内のエネルギーの流れも、
自己と外、自己と他、人様とのエネルギーのここちよい交流がなくなる。

私は、甘えの面でも、頑なな面でも、アンバランスな面がよくこころに現れる時期があった。
その結果としてパニック発作、それへの恐れが出て、その恐れから余計に
外との交流を恐れたのだった。

私のパニック発作への恐れに、明らかに光がさした時に  こころに起こった思いが
「もし、起こったら、近くの人に、助けてください。しんどいです。どうか、助けてくださいと
こころからお願いをしよう」

と思えたときからだった。それが、前者の「ゆだねる」のバランスが取り戻され始めたときだったのでした。


まっぱ(真っ裸)このたった一つの痛快さにも、
こんな自分が含まれている。それは、どんな方々にもあてはまることで、
一人一人の、小さな一つ一つの言葉や行為や考えには、
その人にとっての、大きなドラマや奇跡であったりするのですよねぇ?rainbow

そんなアルゴパックが終ると、「エアロゾル」なるタラソテラピー。
人工的に海岸の状態を作り出しているお部屋で、リラックスして過ごす。

海の成分と快適な湿度が、毛穴から、プラーナーヤーマとして鼻から摂りいれられるのだ。
時に、神経をゆるめたり、バランスをとったりするのだそうだ。
ブラックライトだけの暗い空間に、プールサイドのベッドチェア様式のものに好みで
座ったり、横たわったりして過ごす。
はじめに、担当の方が、
「それでは呼吸から整えていきます。ご一緒に、吸って~・・・・・・・吐いて~・・・・・・・」
と、深呼吸でまず呼吸を整えて、脳に海の成分とエネルギーが入っていくようにされているようだった。

普通の方にとっては、随分ゆっくりとした呼吸で、リラックスの導入になるだろうと思った。
が・しかし
私は速かったうしし

吸って~・・・・・          はーい・・・・・・・
吐いて~・・・・・          え? もう?
 
吸って~・・・・・          え?まだ吐いてしまってへんよ?
吐いて~・・・・・          ま・いっか~

と思いながら、一旦、担当の方に合わせて、少しリズミカルに吸って吐いてをしてみて、
それから、自分のここち良い呼吸のペースで、プラーナーヤーマをしてみよう音符

と思って、導入して頂いた。

いつもは、旅の友と旅に行くと、私だけセラピーを手配しもらったりしていた。
普段、お疲れ様やからと。
いや、君もかなり仕事人やから、君も・・・・ね・・・・?と思っていた私は、
今回は、私がプランニングしたので、一緒にできるようにしてみたのだったが、
実は、旅が終ったとき、今度からは、あの・・・アルゴパックみたいなんは、ええで?
と言っていた。

楽な感覚や、リフレッシュする感覚や、セラピー的な感覚があまり期待するほどは
ないのだそうだ。
男性は、筋肉の働きも違えば、様々な点で違うので、それもそうなのかもしれないなと思った。
タラソとしてのエアロゾルと海水プールは、大変、自分にとってセラピーになったそうだ。

「まっぱ(真っ裸)で、全身にアルゴパックしてもらった?」と聞くと、

「何それ? そんな事言われへんかったで?」

「え?    あぁぁぁぁぁぁ、そら、男やからかもな!
変なやつが、ここも塗ってください的に、仰向けになられても困るから、最初から
案内されへんのちゃうか?」

「あぁぁぁぁ、そうやろな。お願いします! ってまっぱ(真っ裸)で待ってたら
良かったかなーうしし

「通報されるわ!絵文字名を入力してください

ということで、それぞれの感覚というものがあるものだなぁと内心学んだ。

エアロゾルが終った後、もう少しプールで過ごした。最初のプールが
銀山から帰るのが遅れたので、あまりなかったから、もう少しは味わってみようと思った。

ここで私は、また、重要なこころの旅を内側でしていた。
私はあまり泳げない。
私の友人の一人で、いくらでも泳げるという女性がいる。
なぜ、泳ぎつづけられるのか?????

ここには、私の「息ができなくなりそうで怖い」という事もありますが、
何か、こころの持ち方でマイナスになっている所があるに違いないと感じていたので、
その友人にしつこく質問したことがあった。

「逆に、どうして泳ぎ続けられるん? 何がどうなんやろ?」と聞くと、
友人は、私の聞きたいツボを直感的に理解して

「アバヤ、水を怖がっているやろ?」

「うん。息ができなくなる事を恐れている。」

「私が思うに、それで、緊張するから泳ぎにくいんやと思う。泳げないという人は」

どんな人にも、どんな状況かにかかわらず、こころから教えを乞おうとした時に、
ほんとうに、おおいなるものからの言葉と思うものに出会う。
彼女が、こころの緊張が、体の緊張となっている事を指摘してくれたことは、
ヨーガ、こころのヨーガを行う私にとっては、ほんとうに目からウロコだった。

それ以来、水に入る旅に、彼女の言葉を思い出してはかみしめるようになった。
今回のプールは海水だったこともあり、浮力の助けも借りて、
何か挑戦できるような気がした。
何気なく泳いでいるように見えただろう私の中味では、
自分のこころの様を深く観たり、それを身体に伝えたり、体の反応を観ては、
こころにフィードバックしたりしながら、観察と挑戦を注意深くし続けていたのだった。

ある瞬間、
16~20年間の体とこころのヨーガの蓄積が、私の泳ぎを変えた・・・・
ハッとした。

怖さ、苦手と反応するこころや体の事で、ヨーガの体験や智慧が活かされる事は、
通常の事よりもずっと難しい。
それゆえに、それが起こることは、自分の中ではちょっとビカっキラリラとくる気づきや納得や変化を得る事ができたりする。

息が気になり、体が緊張しているだろう泳ぎの中で、
背骨を意識化できたのだった。
背骨をのばして、リラックスさせてみたらどうだろう?????

「緊張してしまうんじゃない?」という友人の声が、私をこころの中で応援し続けた。

いっきに腰への負担が減って、逆に浮力が増す事に気がついた。
そして、背骨が↑矢印のようになって、先に伸びよう伸びよう、進もう進もうと
働くのを感じた。

す・すごいbikkuri01こんな感覚生まれて初めて得た・・・
よし、それなら、これで緊張しないという事だけに注意してみて、どれくらいそれが
続けられるかやってみようとトライした。

結果は、50メートル強くらい泳ぐと疲れ果てていたけれど、とりあえず、25メートルのプールを
5往復できたのだった。

その時に、それ以上泳ぐ必要性はもうなかった。とにかく、意識化の変化によって、
生まれて一番長く泳げたという結果が、とにかくすごい事だった。
特に泳ぎの特訓をしたわけでもない私が、生まれて一番年齢を重ねている今なのに、
一番長く泳げたという事実は、
体力だの、筋力だのの影響を考えすぎる私たちを解放する感覚でもあった。
こころの作用によって、今尚、自分を成長させられる証でもあった。

そんな事を、人知れずタラソテラピーのプールでやっていたのだったぷぷ
ヨーガって、自分の中で行うものでしょー?
いつでもヨーガ、どこでもヨーガにできる絵文字名を入力してください

静かに足をつき、静かに旅の友に近づいて言った。
「今、私にはすごい事が起こった。
生まれて一番長く泳げたんや。いろんな試みをさっきからしていて、やれたんや」

たった125メートルをゆっくり泳げた私は、金メダルをとった気分だった拍手

小さい頃から不得意で、小さい頃からある意味あきらめず、小さい頃から挑戦していた事、
それが、こんな年齢で新しい芽を吹き出させる事、それがヨーガだ・・・・・・・・・・・


夜の海は、エネルギーの塊で、怖いどーと説明していたら、
食事の後、散歩してみようという提案になってしまった。
途中までは良かったが、途中の敷地外のところが、妙に気が滞っているのを感じ、
危うい感じを持った。
「帰ろう」と静かに言ったが、
何かを感じとっている事を感じ取ったというよりも、旅の友自体も感じ取っていたので、
とっとと帰ったkao06

そして、なぜかローソンに向かい、なぜか必要のないくらい立ち読みをして、
それぞれにデザートに好みのお菓子を買い、戻ったのだった。

それぞれ休むなり読書なりしているうちに、また爆睡が訪れたのだった


~次回につづく~




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おーい、起きろー!!!!

どんだけ寝続けるつもりなんやー?????

何事もなかったように、旅の友が起きた。
「ごめん、なんか・・・・・・ずっと寝てた」

「死体のように寝てたで、蛙か?   みたいな格好でなぷぷ
あまりおもろかったから、そのままにしてたんやうしし

「それはそうと、昨日、私が部屋を出ようとする時に、一回目を覚ましたんやで?
『と゜こいくん~☆$□,:@*△\・・。。?????』てな。『ロビーにコーヒー飲みに行くんや』て言うたら、
『あ・・・・そぉぉぉお? すぐおいかけるワ *.\@,△&%□$#・・・・・』いうとったで?
一応、最初の10分くらいは、ほんまにすぐ来るんかな?と思って、音がしたら
ここや言うたげなと思って、気ぃ使って、見てたけど、起きるわけねぇーぷぷと思って、もう、放っといたんや」

うしし汗

そんな事言うている場合じゃないんや。
今日は、石見銀山なんや。
どうやって行くのか、知らんやろ????????

受付にいたやさしそうな男性の担当の方に、
「いわみぎんざんは、どうやっていくのですか???」と聞いてみた。
どこの国の人や?  という勢いだった。

全容がわからなかったし、一つの場所なのか、地域なのかもわからないし・・・・・

やさしそうな担当の方は、ほんとうにやさしい人なんだと思う。
「これは、私の個人的な趣味なんですが・・・
このように巡ってですねぇ、
ここのお蕎麦屋さんで昼食を食べて、ここのあんぱんを買って、かじりながら
この道を帰ってくるというのが、おすすめなんですよ・・・」

「そうしますbikkuri01
「そうしますbikkuri01

同時に私と旅の友は、力強く、担当の男性に同意した。
多分、、、、、、、、、、
蕎麦とあんぱんにだと思うが・・・・・・・

石見銀山は、世界遺産に登録されてから、環境丸ごと保存しようと、
車では途中までしか行けなくされたのだそうだ。
駐車場まで行き、そこからはバスなのだ。
ご存知の方もいらっしゃると思うが、私は、パニック発作を経験してから、
バスは、不得意なままなのだった。
本当は、もう全然今回は、いけそうだし、気にしていなかったけれど、
なぜか・・・・目がしょぼーってなってきたり、ちょっと青空や、太陽の光がまぶしい感じに
なっていた。
本当は、ちょっと不安なんでしょ?   と、自分に言ってあげた。

いいじゃないのにっこり

事情をわかっている旅の友は、しらーんフリして、実は、
毛穴まで総動員して、五感で、私の具合をうかがっていた。
私は私で、毛穴まで総動員して、五感で、大丈夫なオーラを出していた。
少々の不安の本音があるので、大した力のないオーラだったろうが・・・

着いた時には、鬼の首でもとったように、すました顔でバスを降りていった私。
でも、本当は不安だったけれど、丁寧に運転していらっしゃった運転手さんに
感謝が湧いて、幼稚園児のように、
「ありがとうございましたbikkuri01」と言っていて、
自分で少しはずかしかった笑い。

が、この先は、銀山の洞窟に決まっているのですよ?  アバヤさん???

広場恐怖は、バスより大変になりませんか? と思いながら、
自分を気遣って、少し、人と人の距離がつまりすぎないようにしながら進んだ。

不安より、興味のワクワクが勝ってくれた。実は、パニック発作の起きる人などは、
興味が不安に勝ることは、なかなかないのです。
どうぞ、まわりにいらっしゃったら、理解してさしあげてください。

ほんとうに有難いことに、私は、インド旅が荒治療となり、あれ以来、
実際にはずいぶん、大丈夫になっているようなのです。

岩見銀山は、まぁぁぁ、よくこんなに手掘りで掘ったものだなぁと思った。
どれだけのエネルギーなんだろう・・・。
金の鳴る山・・・・・お金の欲ってすごいものだと思った。
パニック発作なんて言っていられやしないような、穴が無数にあるようだ。
自分の体がようやく入るような狭さで掘り続けて、鉱脈筋を探していたのだ・・・。
石見銀山中

石見銀山の龍源寺間歩と言われるところが、有名で、そこに行っておけば、まぁまぁ
銀山らしいものが見られるという所の洞窟を見てまわってから、
次のスタート。

石見銀山にまつわる史跡などのいくつかを割安でめぐれるチケットのようなものがあったので、
いくつかまわるならと買っておいたが、
今日は、タラソテラピーをするのに、15時には帰っていてくださいねと言われている。
どれだけまわれるかだ・・・・・・


どんどん早足になっていった。
1時間で、さぁてどれだけ見られるだろうっていうタイムスケジュールになってきた。

よく考えたら、ごはんを食べていない!!!
蕎麦を食べるんだよな???

もう、昼食なんかぬくか?というタイムスケジュールになってきたけれど、
お腹が  「それは、勘弁してくれ」と言っていた。
蕎麦だから、きっと、ツルツルーって食べれるよということで、
フロントのやさしい担当さんから聞いた蕎麦屋に行った。

ツルツルツルーっと、他の方々は、ゆるりと観光気分でいらっしゃるところを
立ち食い蕎麦屋に来たかのように、食事を済まして、出て行った。
確かに、おいしぃーお蕎麦屋さんだった。

あんぱん食べながら、ガンガン進むぞと多分、口には出さなかったが、
私も旅の友も考えていたのだと思う。

途中、
「こ、ここ????」  と悲壮な面持ちで立ち止まった。

「いやいや、もらった地図を調べてみよう」

「残念だが・・・・・ここだ」

そのパン屋さんは、なぜか        臨時休業だったのだ。

悲嘆にくれている暇もない、サっと切り替えて、よし、先を進もうと武家屋敷に行った。
「鬼平が出てきそうだ笑い。」と嬉しくなってきた。

鬼平のようにそこに座って写真を撮って欲しかった。
私が鬼平になるのだが・・・

あんぱんが食べられなかったのが、それほどショックだったのか?
と聞きたいくらい、少々テンションが下がり気味の旅の友に、
「鬼平になるから、撮ってポッ」とは、言えなかった・・・・・

しかし、次の商人の家跡をたずねたあたりから、旅の友のテンションは上がっていった。
すごいずこいと連呼している。
それは、確かにそうだった。

いくつ部屋数があれば気が済むのでしょう? というくらい、とにかく家が広い。
二階の一角に上がったが、その一角でも、自分が住んでいるスペースより
ずっと広いのだから・・・・・・・

そこを出たら、もー、すごいもんだった。

早足で、とにかく、目をシャッターのように使って、短い間に
こころの写真を撮れ!
というくらいに、急いで、サラーっと観ていった。

最後の、資料館などは、あなたたち、何してらっしゃるの?   と言われそうなくらい
避難でもしているかのようなスピードで、観た。

「よっしゃー、帰るでー」

と石見銀山を跡にした。


刀や剣などにも興味がある旅の友には、たたらの跡の遺跡も観られたらと
思っていたが、そんな暇などあるわけもなくなり、
帰っていった。

15時には帰ってきてくださいね、   は。
15時にホテルに着いていてくださいね   という意味ではなかった事を
タラソのプールがはじまってから気付いた私たちだった。

15時には、全て準備して、フロントに来てくださいねっていう意味やったんやな?!
15時に、帰り着くようにとがんばっていた自分たちが、遠い昔のような
力がフワーンとぬけていって、

タラソテラピーに入っていった。

海水のプールでは、順番に巡るだけでも、体への働きかけがゆるーく
できるようにされていた。
近くにあったら、よく行くかもなぁと思った。

それが終了すると、アルゴパック。
海藻のパックを全身にパックしていただき、海に漂っているようなベッドに
あたためて頂ながら時間を過ごす。

この漂い感に船酔いのようになる方もいるとか、また、閉鎖感に気分が悪くなる
方も、中にはいらっしゃるとか。
私は、大丈夫なのか????
ま、いっかと思いつつ、

「もしも、お気になさらないようであれば、下着も全てとっていただければ、
おしりにもアルゴパックをできますので、ご用意下さい」
と担当の方がおっしゃって、部屋を一旦出られた。

私は迷わず潔く、せっかくなのでと、まっぱ(真っ裸)になって、お待ちしたにっこり



~次回につづく~




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須佐神社は、とても田舎にある神社で、出雲大社からなんかも、
車でも小一時間はかかる。

でも、最近は須佐神社を目指してくる観光客の方も増えているとか。
出雲市にあるホテルなどでは、タクシーなどで行くしかない須佐神社ですが、
この距離を行くと相当な価格になるので、須佐神社へのタクシー観光パックをしている
ところさえあるようです。

須佐神社

須佐神社から少し奥にまた進んだところに、風穴があるらしくせっかくだから行ってみようと
少し夕方近くなってきたので、先を急ぎたいけれど、もう一つくらいはいいかと思って行ってみた。

誰もいない・・・・・薄暗い森の中・・・・・閉鎖された茶店・・・・・

時間的には大丈夫なはずなのに、風穴のある木造の建物は閉まっていて、
しかも薄暗く・・・・・    どうなっているのだろう・・・と思いつつ、

そこに、小さなアスレチックのようなものがあったのだが、
それならそれでと、すぐに切り替えて愉しむ旅の友は、少年の顔で向かい
ロープをつかんで滑車で滑り降りるアスレチックをしはじめた。

この暗がりの中、苔むしているような中、
真昼の太陽の下にいるような顔つきで楽しめる君を尊敬するよ・・・・・・

そう思いながら観ていると、私のこころの太陽の光もさしてきてしまったたはー

「わ、わたしもやってみたいポッ

ロープをにぎっているしかない、ちょっと危険なロープすべり・・・・・
ここで手を離したら、高さはないにしても転がって、大変な事になるだろう・・・
でも、やってみたい・・・・・

「ま、待って!」
旅の友は、とりあえず私を制止した。
そして、滑車が行き着く先に先に行った。

きっと、目に見えたのだろう・・・・・・私が「ロープから手を離さない」という一つの行為に
必死になって、降りる事にまでついていかず、
ドカーン! と滑車の最終地点からロケット噴射のようになげだされて、小高いガケの下に
落ちていく姿が・・・・・・・・・

ふふふ、まだまだ若いもんには負けられないと、じぃさんが思うような気持ちで
本当は少しビビりながら滑車からの台から足を離した

ギュルギュルギュルギュル~~~~~
怖楽しいbikkuri01
「ガハハハハハハ! ガハハハハハ!」
戦隊ものの悪者のような笑い声が響いた。      私の怖楽しくてたまらない笑いだった。

「もう一回やるぞグー!

「ガハハハハハ!!   ガハハハハハハハハハ!!!!!!」

苔むした薄暗い森の中に笑い声が響いていた。
とても不自然だった。      

しかたがない、風穴はこれくらいにしよう・・・・・・風穴自体は観ていないけれど・・・・
と車に戻って、超、超アバウトな観光地図を観た。
「風穴は8月の末までって書いてあるわ。夏の間だけなんや」   一ヶ月遅かった。

そこから、もう一つの目的、タラソテラピーでこころと身体のセラピーの宿に向った。

「来た道を帰ったら、すごい遠回りやから、新しい道を行く方がいい」
と言うので、わかっているのだろうと思って、そのナビに任せて走りだした。
ただ、何を頼りにナビをしているのかといえば、やっぱり、超、超アバウトな観光地図・・・

でも、自信をもってナビっているので、ま・いっかと思い、ガンガン進んで行った。

途中で三叉路に行き当たった時に、「一体どっち方面に行けばいいんや?」
と思い始めた違和感から、直感的に進んだところに、久しぶりに見たローソンに
なんとも言えずホッとして、
「あそこに入って、とりあえず、普通の、普通の地図を買おう!」と地図を買った。

なぜ? ここはどこ??? どうしたらここに来る?????
あぁだ、こうだと議論し、意見を述べている間に、こっちに行けばいいんやと言われたので、
もう、ちゃんとした地図があるのだからと安心して、ちょっと予定より遅れているから
宿に電話しておいた方がいいよと、連絡をした。
「遅れていますが、あと、30分くらいで着きますのでよろしくお願いします」

そして、今度は信頼できるナビに安心して、進んでいった。

ところが! 結構進んだときに、何事が起こったのかと思う声が聞こえた。
「やーらーれーたーbikkuri01!」

「どうしたんや???何があったんや???」
「全く思い違いしてたんや・・・・・・やられた・・・・・・田舎道は、もっと複雑やのに、この地図でさえ
書いていない道があるんや! 根本的に、最初のスタートのところで間違えてるんや!!!!!!!」

「??????????意味がわからん。あの三叉路のこと???」
「三叉路どころか、須佐神社や」
「はぁぁぁぁぁぁぁ????????ほんなら、道を帰ったら遠回りになるからっていってた所から
そもそも間違ってたんか???????」
「だってな、だってな、道があったんやもん、見たらわかるて、マジで」

実は、私はそんなことはどうでも良かった。ここらへんが男前で・・・・・・
「あ、そう。んじゃー、どこまで戻ればいいの? 何十分も走ったけれど、
 つまりはぁ、その須佐神社まで戻ったらええっちゅーことやな?
で、そこからは、もー、わかるっちゅーことやな?」
どうやったら、そんだけマンガのように間違えられるんや???と思いながらも、
あまりにの間違え度に、笑えてきた。

「こうなったら、なるべく太陽の光で道が見える間に、いけるところまで行く。
 また、迷うといけないからな」
私は、何作戦の隊長なんだ?

と思えるような言葉を発し、30分でつけるわけありませんと、こころの中で
宿に謝りながら、しかも雨が少し強くなった中、
「車でよかった・・・・」となぜか妙な感謝が湧きながら進んでいった。

マリンタラソ出雲にに着いた頃には、もう真っ暗だったけれど。

旅の友は、食事が終ったらまた、徹夜からぶっとおし仕事の影響がまた出て、
とにかくぶったおれるように、不自然な格好で、また深すぎる眠りに入っていた。

私は、せっかく来たのだからと、一人で部屋を出て、ロビーで「ハモネプ」を観ながら
コーヒーを飲みながら、明日のプランを練っていた。
石見銀山は手ごわいぞ・・・どうやって巡ればいいんだ?????と思いながら。

まだまだ、時間は早い、道の向かいにはショッピング・センターがあるらしいから
行ってみようと思って外に出たら、        暗い・・・・・・
夕方にはしまってしまう、地元専用のショッピング・センターらしかった。
少し歩けばローソンがあるけれど、ここに来てローソンに別に行かなくてもいいっか・・・
でも、立ち読みくらいしてみる?
いやいや、なんで? ここで???   しかも普段からしない立ち読みを????

そうだよな、そうだよな? 帰ろ

と、部屋に戻った。実は私だって疲れているに決まっているから、もー寝てしまえ!
そう思って、潔く寝ることにした。うしし

少し寝ていたと思う、夜中に目が覚めた。
波の音が聴こえる・・・・・・

せっかくだから、ベランダに出てみよう♪

真っ暗な海・・・・・・・・ポニョに出てきた波のようだ・・・・・・
怖い・・・・・・・波をあんな風に観たことはなかったけれど、宮崎監督ってすごいな・・・
ほんとうに波って、あんな風に、無数の手がムニョムニョムニョムニョって動くようになっている。
今はもう、あの波にしか見えない・・・
あの波はポニョを探し出すために、追ってきたんだよな?
なんか、追われて迫ってくるような波・・・・昼間とは全く違う顔をしている海・・・・

昼間は、他の様々なエネルギーが交差していてわからないけれど、
海のエネルギーって、こんなにすごいんやなぁ・・・・すごすぎて怖いよ・・・・・

ベランダに長居できずに、やっぱりとっとと寝る事にした。


朝になり、
太陽の光がさすと、海は一変して、陽のエネルギーになっていた。
タラソの海


よっしゃー! 今日は、世界遺産 石見銀山。
早く行って切り上げて帰ってきて、いよいよタラソテラピーだ笑い。


~次回につづく~




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大山のパーキングエリアを出発。
ものすごい快晴。

この日は、出雲大社と須佐神社に行こうと計画した。
これがメインの目的。
石見銀山にも行こうと思っていたけれど、世間の休みの日は避けた方が良いのではと思い、
24日にまわす事にした。
世界遺産登録をされたので、観光客は多くなっているのではないかと。

出雲大社には、9年ほど前に行った事がある。
その時に行った仲間や目的が、今回とはまた違ったので、
着いてみると、全く印象が違うというのが、何よりの驚きの印象だった。
記憶は事実とは異なるものだ・・・
私たちの記憶は、その時のこころの様のままに作られる、
その時の様は、こころの様のままに私たちの目に映るのだ・・・と
つくづく感じた。

私は、インパチエンスが出るタイプ(バッチフラワーレメディ参考)
旅のパートナーは、ゆったりペースを乱さないタイプ。
時には、相手のペースにイライラするが、時にはそのお蔭で余裕を取り戻す・・・・・たはー

とっとと目的地に着こうとする私。
着いたら着いたで、早歩きで行こうとする私。
が、一方で、
行動を起こすのは早い方が良いのに、例えば駐車場でいつまでも
車から降りずに、「お前家でくつろいでるのか?」と言われそうなくらいに準備したり。

自分のバランスの良いところや、アンバランスなところも、こんな時には
新しい観察の材料がある。

9年前には、それ以前の様々な苦心から、まだ解放されていなかった。
目的への視野は今よりずっと狭く、周りの景色も今より観る事ができていなかったように感じた。
そして、その空気感や風をよく感じられてはいなかったように感じた。
しかも、その時に何で行ったのか、誰と行ったのかを人数や顔を完全には思い出せないくらい。

今回は、そんなに長居をし続けたわけではないけれど、満喫できた気がした。
それは、こころの様を観ては、それに気付いては自分のペースに戻すこともしていたからかもしれない。

一つ、もしたしたら・・・と思ったのは、
本殿にはお参りせずに帰ったのではないか?9年前は?という疑いが出てきた。

「こんなんじゃなかったわ・・・・・こんなんじゃなかったわ・・・・・」としきりに繰り返す私だったが、
それは、私の記憶にある社のものではなかった事が、まわっているうちにわかったのだった。

そして、記憶にある社を見つけたときに「え?  ここじゃないの?本殿?   ってことは???
もしかして、前に来たときは本殿に参ってないかも???ていうか、
記憶にない・・・・」汗って。

そんな事も確認しながら、丁寧にお参りした。
そして、神託を拝しようと  おみくじを引いた。

みなさんも そんな風にされたらいかがでしょうか?
おみくじを、占い半分に引かず、
良きも悪しきも、それは、自分のこころ次第で、注意があればあったで、
それは今の自分に大切な事と、全てを是として受け止めて、自らを省みるものとして、
大いなるものからの示しと、「是」  (オーム、イエス、これでいいのだ!)として拝してみると、
ほんとうに、深い意味がそこからは読み取れてきたりします。
本来、おみくじとはそういうものなのです。

旅のパートナーも、偶然、そういう人物だったので、
「神託を拝してみよう」   とつぶやくと、「そうしよう」とお互い拝してみた。
そうして拝するのだから、そのような内容になっている事には確信があった。

「こんな みくじ   人生の中で一度も引いたことがない・・・・・・」
と思った。

旅のパートナーと私は、近く籍を入れようと思っていた。
日本の制度的に、そうでないと適わない部分について、やりにくい事がある。
それについての事が示唆されているに決まっている事は直覚的に確信があった。

今年の夏のヨーガを行ずるものの行事の一つ、グル・プージャの時に瞑想をしたとき、
「和」という状態の大事さが出てきた。
そりゃ、それはいいに決まっているけれど? という事はわかっているけれど、
その時に腑に落ちた感覚は、今までにないものだった。

大いなるものは、その「和」というキーワードも使って、
今年は、そのような年となるという示唆をされていた。これほど直接的に、
GO~! の示唆を受けたことなどない。

という事は、今までに縁がつながらないのは   むしろ当然。
また、前の結婚が壊れるためにされたのも、むしろ当然の必然ってことかと
たーんじゅんに、あっけなくらい   「あ、そう」と思った。
全ての項目に  よし   よし   よし   よし  とあった。

ここのみくじの素晴らしいところは、大吉だの凶だのと、その神託に対して
人がカテゴリーを区分していないところだった。
その時の、その人にとって辛口な表現がとられていようが、その時の、その人にとって
最善のアドヴァイスの示されているそれが「大吉」以外に捉えようがない。
それをちょっとだけ吉だとか、まぁまぁ吉だとか、凶だなんてないんだ。
それが、ヨーガの捉え方。

とわかっていても、私は一喜一憂しますがうーん

旅のパートナーに与えられた示唆も、表現が違うが全く同様のものだった。
さすがだ・・・・・おおいなるものに   と思えば、そこから示される。

さすがだと思うのは、その中のアドヴァイスのされ方。
その表現。

パートナーには、その人の性格と同様、単純に公明正大な表現がとられていた。
がんばれよー    ってな感じでした。平たく言いすぎですが・・・うしし

私には、常にこころを観察して、真の自己への信仰を持て  という意味の事が書いてあった。

なるほど・・・・・・・よく腑に落ちるようになっているものだと感嘆した。

長く歩いた足は疲れて汗をかいていた。
もう昼食を食べないとイライラしそうだと思い、「出雲そば」を食べようと、
大鳥居の前にある おそばやさんに入った。

「何かにおう」
「あんたの足や」
「んなわけないわ」
「んじゃ、におってみたら?うしし
「ほんまや!!!  マジで???  私の足、くさいでぇ???えぇ
「よく歩いたら、よく排毒するんちゃう?そら、くさくて当たり前やん?
っていうか、くさくなるくらい排毒できたっちゅー事やで」   とプロの私に
プロ以上のアドヴァイスをもらい、ショックを受けている私は、結果的になだめられたぷぷ

そんな小さな事も、私には事件の一つで、それから出雲大社をあとにして
須佐神社に向う道中にも、何度か
「足ってくさいんやぁ・・・・・・私の足もなかなか くさいもんやぁ・・・・」と
何だか、嬉しくない事なのに、発見の喜びみたいなものもあった絵文字名を入力してください

須佐神社というのは、出雲神社から来るまで十分くらいのところなのだろうと思っていた。
ところが、
どんだけ行くの?
この先にひらけた土地はあるの?   と思わせるくらいの私の実家の方の、かなり田舎景色の
ところよりも更に田舎景色の中をどんどん進んだ。

旅のパートナーは、徹夜仕事からのぶっとおし仕事の影響がまた出て、
どんだけ寝るのかと思うくらいに隣で寝ていた。
言っておくが、知らない土地で、知らない場所へ、しかも様々な道と距離を度外視して
一本道にしているような超アバウトな地図とはいえない  地図だけを頼りにしているのに?


と思いつつ・・・・。

途中、いいかげん道おかしくないか?   と思って起こすと
やはり、だいぶん違う道を進んでいた。
引き返して、合っている道を行くのだが、その道がまた、昼尚くらい道で、
森の中を行ったり・・・・

いやいや、この先に、「最近有名になっている」なんていわれている
パワー・スポットなんていう表現さえ使われつつある須佐神社があるのか?????
いい加減起きて、ナビをしてくれよ!!!!   と思いつつも進んでいった。

驚くような道中だったが、到着した。

ここは、全国にスサノオノミコトを奉る神社は全国に数多くあるなかで、
唯一、スサノオの御魂を奉る、一つの神社なのだとか。

私は、そんな説明も見ないうちに、
「ここは行こう」と場所もわからないのに決めていた。
ここは行くところだとピンときた。

客観的には、何がどうなんだかわからない神社で
蚊にさされ、なかなかだったけれど、ここには参拝をするべきだ
と感じたので、満足した。


もう少し詳しくは、また次回につづく



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ヨーガ・クラスのみなさま方は、
最近やっている、横隔膜呼吸法のトレーニングは、いかがですか?グー!

あらためて、意識してみると
殆どの方は、「できていない部分」の発見をされたのではないでしょうか?

ということは、
殆どの方が、今回のトレーニングで、「変化」「成長」をされている証明です拍手

いつもは、やれているはずだと思っていますし、
できていない    という事に、出会うことも特別なかったりするからこそ、
「できていない」に出会わないのです。

ですから、今回は、できている部分が育っているからこそ、「できていない」所が
ちゃーんと感じられているのですよグー!

腕を使ったトリーニンク゜などは、床に横になってやっていることもあり、
なにも負担のないトレーニングなのに、
横隔膜をゆるめて、鍛えられているなんて、かなりいいですよね。

横隔膜を緊張させない事の大事さは、
それぞれのクラスでお話していますが、みなさん、お一人お一人
ご自分の体験と照らしあわされて、腑に落ちられたでしょうか?

質問などは、いつでも大歓迎ですから、
ここのフォームから、コメントから、また直接、いつでもお待ちしております。

私が面白かったのは(ごめんなさい)

「みなさん、若~い時の感覚を思い出してください。子供からちょっと大人になりかけた頃の、
ちょっとカッコイイと思っている人や、ちょっと気になる人を観ただけで、
キューンとなったあたりよふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート

と説明すると、

殆どの方が、なるほどと思われていたことと、
ニヤっと反応する方や、
顔を赤らめる方もいらっしゃって、

そうそう、そうして、自分の中の体験とマッチングさせることが
これまたヨーガの智慧となっていくのだもの、みなさんそれよー、gooポッ

と思いました。


私は、ドキドキしぃでしたから、
もう、今でいうなら、横隔膜取り替えてくれ・・・・と思うくらい
日々、キューッとなっていた事もありましたぷぷ

そんななら可愛いし、キューンと動く感じだけれど、
失恋なんてときには、ねじれを感じますよね?
キューンというより、グィーンってねじれて、えぐられるような感覚になる?

はたまた、怒りが鈍性に出る場合なんかは、嫉妬や少々の憎しみや恨み感に向いそうになり、
ドーンと重く、鈍くなる感覚や、

怒りが激性に出る場合なんかは、バコーンと固まる感覚とかね?

感情に左右されそうな場所でしょ?忙しい場所よね?
性質的にね?

だから、ゆったりとして呼吸をしてあげるトレーニングを定期的にしてあげないと、
固まったり、鈍くなったりして、
感情やこころが、鈍く固まったままになってしまったり、

また、エネルギーを送るポンプが、壊れているような状態になって、
全身にエネルギーが滞ったりして、それでまたこころが滞ったり、
流れが悪くなって、内臓や経絡が鈍くなったり、
太ったり・・・・・・逆の方は痩せたり・・・・・してしまう原因は、

こんなところにもあったのですよえぇ


プラーナーヤーマの大切さと威力
再認識ですねにっこり



それから、ナイトリフレッシュ・ヨーカ゜で、
今日から私たちの仲間になってくださっちIさん
これから、どうぞよろしくお願い致します。

みなさま、よろしくお願いいたします。ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート




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