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ヒーリング・スペース・アバヤでは、ヨーガ、バッチフラワー・レメディ、アーユルヴェーダ・セラピー、サイコセラピーを行っております。

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Author:アバヤ
ヒーリング・スペース・アバヤへようこそ!
ヒーリング・スペース・アバヤでは、神戸、尼崎、伊丹で、
ヨーガ、バッチフラワー・カウンセリング、アーユルヴェーダ・セラピー、サイコ・セラピーをさせて頂いております。

★インド中央政府公認ヨーガ・セラピスト                   ★インド中央政府公認ヨーガ教師            ★日本ヨーガ療法学会ヨーガ療      法士                 ★NPO法人国際ヨガ協会 教育本部師範代               ★NPO法人国際ヨガ協会北京都支部摩耶学園学園長        ★バッチフラワーレメディ・セラピスト                   ★バッチ国際登録プラクティショナー                    ★アーユルヴェーダ・セラピスト

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4月28日(月)(セラピー・ヨーガ クラス)

~勇気~



こころの状態を意識化する   という点で特化させているクラスなので、
自分の状態や、思い違いなどもよくわかるようになる。
そうすると、その意思鞘のアンバランスさによる身体の不調和なども調子が戻る。
ヨーガ・セラピーに特化させているので、
精神的な安定も私から見るとハッキリしてくる。

内観的瞑想をして、自分を見つめる方法もとりいれているのですが、
その方法にも自然と慣れてこられるもので、
「考える」「感じる」というところからはじまりますが、
それらがおさまるようになった先にある、「気づき」という形で出てくる、それぞれの気づき
というのも、出てくるようになってきた。

その内観的瞑想をする生徒さんを拝見し、私はハッとした。
意識が落ち着き、重心も安定してこられた姿
そして、その姿にはヨーガとの縁が感じ取れた。

何ともいえない姿だった。
まさか、ここ数年の間にヨーガをはじめたという姿ではなかった。
私たちには未知の昔から、精神の道に縁のある方々なのだろう   と密かに思った。

Nさんは、この内観的瞑想で、
平安な方の自分とつながられたようだった。
いつもは、マイナスに反応する感情の、反対のバランスのとれた状態が出てきたと。

素晴らしい瞬間です。

そして、この日は、今まで素通りしていた感情に気付かれたりというケースもあった。
「これ、いつもあるのに、気づいていなかった」  という感じです。

人生の流れも変化したりする。

そして、身体から勇気とエネルギーがあふれてきたケース。
精神の安定は、身体までハッキリと変化させると、あらためて確認したのでした。






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4月27日(日)(ナチュラル・ヨーガ クラス)

~楽しく自分とつきあう~



このクラスでは、こころや生活について見つめてみたい方がリピーターとなって
下さっているので、リピーターズ・デーでは、こころを見つめるという事もスムーズになる。

仕事に対して、生きる事に対して、自分の「何か」に対して一所懸命な人が多いので、
アンバランスな時の自分も、よく観察していらっしゃるのです。
そして、ヨーガの考え方などを暮らしに生かしてこそなんぼ、いいえ、
暮らしの中にこそ、生きたヨーガがあるからこそ、ヨーガなお話をすると
それぞれの方が、自分の身にひきあてて、そこで「自己を見つめるヨーカ゜」を
自然とできていかれます。

2週間の間に「乱心」した人?

という質問に対しても、みなさんがハッキリと手をあげられていましたね。
とても素晴らしいですね。
なぜ、乱心を隠さなければならないでしょうか?
乱心をしないという事は偉いでしょうか?
いいえ、違います。

みなさんは、それをよく気付いて、ハッキリと手をあげられました。
それこそが、変化であり、気づきであり、こころのきれいさなのですよ。

誤魔化すことなかれ、隠すことなかれ。
そして、誤魔化すこころを、誤魔化さずに爆笑して素直に見つめられるように、
隠そうと必死になるこころを、そのまま葛藤しながらも、爆笑して素直にみていきましょう。

自由度のある、大きなこころになっていきますよ。
自分という存在のありかたが、どんどんひろがっていくのですよ
ほんとうよ


ウサギのポーズも、無理しないように、方向性とのびやかどを意識しながら、
時々、首の後ろはやわらかくするようにアレンジして、
また2週間やってみてください。

そして、わからないところは、ここからでも、必ず問い合わせ、質問どんどん寄せてくださいね。
他のクラスの方々もお待ちしていますね





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私の行うヨーガ指導というのは、
お一人お一人をわが身でキャッチして、状態を把握しながら、
お一人お一人に対応するため、
最近流行のようなヨーガのように、号令をかけて、20名、30名に対してはできません。

お一人お一人をケアできないからです。
アバヤンズ・クラスのそれぞれのクラスでは、質のヨーガを行ってきました。

今、本当に思うことは、本来のヨーガのムーブメントを守らなければならない  という事です。
「ヨーガ」という言葉が、独り歩きし始めました。

先日も、ある医師と話す機会がありました。
その方は、東洋の自然療法に興味を持たれて、学ばれていらっしゃり、
私も同席していたのでした。
その医師は、ヨーガなんて体操だという事を言っていました。
私は内心思いました。「知らないんだ」

今までの私は、どんな場合もそこでそれほどこころを乱す事も、発言することもなかったのです。
ヨーガの本質とは、それぞれの人が、それぞれの方法によって本来の己と一致していくこと
だからです。
ヨーガの本質とは、いわゆるヨーガの中にだけあるものでもない普遍的なものなのです。

私は、それに触れて、それはどこにでもあり、常にここにあり、誰の内にもあり、外にもあり、
すべての生きとし生けるものに恵まれている、この世の本質であると
体験があるゆえに、
誰がどのように思っても、どこのどんなヨーガがあろうとも構わないと思うからでした。

しかし、最近は、一言だけ発言しておこう

と思う事がしばしばあるようになりました。
それは、誰がどのような道にあっても、それは大いなるものから祝福されているものですし、
フィジカルな感性のマインドの方は、ヨーガの中からフィジカルな部分を抜粋して
実践するのも、また良いのですが、

「それだけではないのですよ」  という事実だけは、わかっているものが
その枠の奥に「在る」ヨーガの存在だけは、それぞれの可能性として発言しようかな
そんな事を思うようになってきたからでした。

どのようなヨーガをどのように行じても良いと思うけれど、
何だけが正しいとか、それ以外はないとか、そのような視点は、ヨーガにはならないからです。
もっと広い、自由なプラーナに成長していくことが、ヨーガの状態だからです。

でも、私の中にも、その自由度のあるプラーナゆえに、そう思う反面、
こういう反応も内心では起こりますよ。
「わかってへんのに、言うな! もう一回言うたら、しめるぞ!」
みたいなね

表面的なムカ!なので、 その人自身に対しては敬意を持ちながらだったりするのが、
不思議でしょ?
その医師は、そんなやりとりは別として、大変立派な人でした。
医師だからとかっていうのではなくて、医師の世界では狭い考え方などがあるらしく、
それに断固としてなびかず、あるべき治療をすすめていくだけの
理想と勇気のある人だったからです。
こんな人が、ヨーガの広さや質をもわかってくださったら、どんなにしあわせな事でしょうと。

また、私がヨガをやっているとわかって
「何ヨガですか?」と、何度も聞いてきた方の話もしましたね。

「普通のヨガです」と言っても言っても、
「何ヨガですか?」と聞かれて、
この方に、どのように説明しようかと考えたものでした。
ヨーガの哲学の話をほんの少しして、ハタ・ヨガにしても、本来の目的というのは
違うのですよという事もほんの少しして、だから、あなたのヨガも私のヨガも本来の
目的があって、何ヨガかというようなのは、近年のムーブメントのヨガでの名前なんですよ
と話したのですが、
その方は、自分のやっているヨガが正しいと言わんばかりでした。
その方のこころは大変固いようでした。

本来ヨーガは、こころをやわらかくします。
なぜだかわかりますか?

一つは、緊張から解放される体験を繰り返すからです。
フィジカルに筋肉に働きかけるものは、本来のアーサナとは違うのです。
食物鞘だけに注目されていて、しかも、筋トレのようになり、
筋肉の内の緊張のスイッチは切れないからなのです。

でも、何ヨガですか? と聞かれますよね?
あぁ、本来はハタ・ヨガは、厳しいもので女性にはできないといわれているものだし、
ラージャ・ヨーガは、更なる行だし、

なんていいましょうかねぇ?

ハタ・ヨガです  と答えておきましょうか。

ハタ・ヨガの中から日本人と日本人の生活に合うように生かして、
メディカルな部分も加味して行ってきた「国際ヨガ協会」

また、インドにおいて伝統的なヨーガをヨーガ療法として現代に再構築してきた「ヴィベーカーナンダ・ヨーガ・ケンドラ」

そして、本当の何千年のヨーガの歴史の系譜で脈々とつながってきた、
ヒマラヤのヨーガの系譜につながっている「ヨーガ・ニケタン」

そのどれともつながっているアバヤとつながっていて下さい。
これからも、それぞれの方が内から導かれるチャンスのお手伝いを精一杯させて頂きます。







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4月25日(金)(ナイトリフレッシュ・ヨガ クラス)

~脚の内側アタック~



プラーナーヤーマの意識が深まってくると、確かに変化する。
リ・フレッシュの力がアップされていた方、
確かにスタイル(意識化した結果として姿勢が)変化が
明らかに肌のイキイキ度と顔色が
嬉しい変化をしていっていた方が本日は、偶然か目立ちました。

そして、こんな事キツイんじゃないかなぁ、私にはと思っていた事が、身体の面でも
「あれ?  そうでもない。わたし、変わってた!」
という事に気付かれていた方が、偶然数名いらっしゃいました。


Tさんが、乗馬をされていたというお話から、
すごくシェイプアップになるというウワサだったことをうかがい、
では、今、流行っている  馬に乗るという想定をしたダイエット機械なんかは
やっぱり効果があるのかしら?   と聞くと
「それはない」    らしいですよ、みなさん!

揺れているのと、実際馬に乗るのとでは、全く違うんですって。
馬に意思を伝えて走らせる、停まらせる等々は、内ももの力でするのですって。
だから、それと揺れるのとでは違うって。
さすが、実際にやっている人に聞くと違いますね。
Tさんは、総合的にヨーガを選んで下さった方でした。

機械を買おうと思っていたあなたは、ヨーガで「鍛える」にも挑戦してみてくださいね。
そして、もう持っている   というあなたは、内ももプラスで活用してみるのがおすすめですね。

内ももに限ってというわけではないのですが、
脚の内側の力はとても大切なのですよ。

それで、自分の脚の内側の力を知ってみよう!   とやってみたのが、
二人一組になって、閉じようとする人と開こうとする人に分かれて、
客観的に自分のその力を体感してみよう   という事。
今まで弱かったのに、ヨーガを続けていただけで、特に、別に鍛えたわけではないけれど、
強くなっている事に気がついたJさん、またまた変化への気づきでした。

乗馬のTさんは、やはり、内ももを使うパターンの時は、さすがの力でした。
もう何年も前なのに?   とおっしゃっていましたが、
それだけ内ももに意識化して鍛えたわけですから、やはり、すぐに取り戻してくるのですよ。

意識化せずに身体を動かしても、さほど変化はしないのです。
そして、意識化の誘導も深くなければ、また全く違います。
身体の意識だけでもね。

そこが、アバヤヨーガは、エクササイズ的なヨーガや筋肉にだけ注目していくものとは違うのですよ

私は腎系の経絡にかかる様々が弱いので、この脚の内側に働きかけるのは弱いのですね、
でも、ヨーガを続けていると、それもいつのまにか、自分としてはどんどん強くなっています。
苦手なところにこそ、無理なく意識的にトライしましょう








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アーユルヴェーダ・セラピーの出張セラピーも、あるグループからのご要望は、
ほぼ定期的に頂いており、
リピーターのお顔も増えていて、大変ありがたく思っています。

様々なセラピーはあって、それぞれ気持ちよいものです。
そんな中で、アーユルヴェーダ・セラピーを強くご要望いただける理由は、
アーユルヴェーダの歴史と伝統により、私たちにどれほど良い結果をもたらすかが
何千年も、検証されつづけられているからこそでありましょう。

また、その中にある考え方というのは、
他には類をみないものであるゆえに、処方に使用するオイルなどは
本当に類をみないものなのです。

それは、私たちを形成しているすべてのエネルギーのバランスを整えるという性質なのです。
それぞれの人、それぞれのアンバランスさを、こころから身体から、
私たちを構成している、すべてのファクターのバランスをとるのです。

内臓から消化力から、血液から、体液から、老廃物の排毒から
不安や心配から、神経から、すべてのあらゆる構成要素のバランスです。

それらは、ヨーガにおけるものなのですが、
その中の、食物鞘であります、身体に働きかけることによって、
プラーナのバランスをとり、
生気鞘にまで良い影響を及ぼすものです。

ヨーガは自力によって、それらを行い、それよりも奥の鞘にも働きかけられるものです。
アーユルヴェーダは、それらが行われやすいように生活に取り入れる暮らし方や、
治療として用いられてきたものです。

意思鞘からバランスをダイレクトにとる場合は、バッチフラワー・レメディを。


そして、食物鞘におけるアンバランスさにポイント的にサポートして整えたい時には、
自然のままのハーブを使うと良いのです。

自分を実験台として、15年以上検証した結果としてここに至ったものたちです。

ただ身体を動かしている、ただ、身体の表面をマッサージしている
ただ、飲むというような表面的なものではないものとして、私の中では結集しています。

アーユルヴェーダのセラピーにおいでになる方々も、
そのあたりをお感じになられて下さっているようでした。

「私、確かに変わってきてる!」

そんな事を昨日もおっしゃって下さっていました。

しかし、それは何よりもご本人の力。
すべての人の内に、はじめからある力がバランスをとりはじめた時に、変わってくるのです。
でも、自分では客観的に、何がアンバランスになっているのかわかりません。

ですから、私のような伴走者がいるのです。

自力を輝かせる     お手伝いなのです。

すばらしいのは、あなた自身なのです。








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4月22日(火)(ヨガ式リラックス クラス)

~ひじがクルリン~



本日話題になったのは、ほぐしの中で、
ひじが  クルりんと動かない・・・・・・・・という事でした。

手を後ろに組んで、方向性をつけて呼吸とともに伸ばしていくときに、
何かきゅうくつそうな感じでやっている みなさんを観て??????

どうしたの?   みんな?

ということで、一つずつ丁寧に確認していくと、「ひじ」でした。
ひじが動かない!なかなか、これは、動かないぞーって事を
みんなで一緒に発見しました。

こうですよ、こうすると、ひじがぁ、    クルりん!   と・・・・

い・いかない???


観ていたらできそうな簡単な事が、自分でやってみるとできないことって多いですよね。
それを発見していくのも、ヨーガの楽しみの一つ。
それが、少しずつできるのもヨーガの楽しみの一つ。

できるとかできないとかに関らず、やってみることもヨーガの楽しみの一つ。
それにかかわらず、なんだかリラックスしてしまえるのも、醍醐味の一つ。


肩こり、首こり、腕こり
みんなそれぞれの部位が動かない事に気付きました。

動かないってことは、ダメなこと?いけないこと?
かというと、そりゃぁ、動いたほうがいいかもしれなけれど、
動けばいいってものではないのです。

丁寧に自分をわかること    で、そうなっていくし。

わからなくなっていた感性を、つなぎなおすわけです。小さな悟りを
毎週しているのですよ、みなさんは。

それに慣れていくことは、大きな腑に落ちる悟りにつながりやすくもなりますよ。

体験のHさんは、前にやったときと全く違うという感想を持たれていました。
大きな違いは、呼吸を丁寧に意識できたこと、
呼吸を丁寧にしただけで、こんなにお腹が動くのかと驚かれたそうです。
そして、リラックス度がちがったって。

「場」の雰囲気が合われたようでした。

それは、みなさん一人一人が作り出してくださっている「場」の持つ、エネルギーなのですよ。
ヨガ式リラックス クラスは、とても静かで落ち着いた雰囲気のクラス。

それは、それぞれの方、一人一人の方がみんなで織り出したつくりだされたものですから、
素晴らしいと思います。

それから、
みなさん、「ヨガ式リラックス」  というクラス名、どうですか?

リラックス・ヨガと最初はつけたかったんですよ、本当は。
でもね、どこかで登録商標にされているらしいとか・・・・・・
ヨガは、世界中の万人にあたえられた、すべてのことに共通する調和のことなのですが・・・
名前が使えないのは、残念ですね・・・・

それで、こんな名前にしました。
リラックスしましょうよ、ヨガの方法でっていう内容ですが、
名前的にどうですか?

変えてみるのもいいかなと思うのです。
変えないのもいいと思います。

みなさんは、どう思われますか?

もし、変えるとしたら、どんな名前なら、ちょうど、みなさんの場に合うでしょうか?

ぜひ、感想、ご意見、クラス名をお寄せください。
大募集です!

他のクラスの方々、セラピーの方々、バッチの方々、すべてのアバヤンズの方々に
ぜひ、お寄せいただければとっても嬉しいです。

よろしくお願いいたします。






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10頭の馬がいる事に気付く・・・・・・・
そう、それに気付くには、私たちが10頭の馬と一つになっているところから、

おいおい、私は御者だった、馬ではない    と、
「観るもの」  と  「観られるもの」    として、まずは分解してわかるようになることです。

客観的に自分の身体や思いや行動を観られるようにする   ということです。

あなたは、馬と離れて、
御者アルジュナである事に気付かれることでしょう。


その客観視は、馬のいいなりで放っておいたら、いつの日か知らない間に
時がきて、アルジュナに気付く日がくるわ・・・・私たちは、何の努力する必要もないのよ

なんてヨーガでは言わないでね・・・・・・ニューエイジ・ムーブメントみたいに
アセンションが起るから、もう、そんな時代じゃないの、もう、御者にもクリシュナにも
気付く必要さえないのよ、時が来たら、勝手に救われちゃうのよ~って。

そのアセンションが起らなかったら困るから、ヨーガで行きましょうよ、みなさん。
もし、そのアセンションが本当なら、何をしていたってアセンションするって事なのですものね?


放っておいてもいいわけではないので、ここで智慧がキラリとしてきます。
智慧によって、客観視できるのですが、客観視する事によって智慧がわかってくるとも言えます。

御者は、「常に精査せよ」ともヨーガでは言われます。
「私は、馬の言うことを聴いていないか?クリシュナ神の言う事を聴いているのか?」と常に自分に問いかけなさい  という智慧です。
この智慧によって、智慧がさらに輝く出すということです。

欲か欲でないか? と問えということだろうか?と単純に思わない方がより賢明です。
ヨーガをよく知らないで、ヨーガを本などで読んで、実践をせずに行く人たちもいますが、
その人たちがよく勘違いするポイントはここだったりもします。
欲はいけないというのです。      これある意味勘違いです、ご注意ください。

欲かどうかなんて問うよりは、動機として問う方が、より賢明です。
欲かどうかと言えば、何でも欲になるからです。そんな問いかけを続けていくと、
こころが、「じゃー、何もしないことなんだね?!」   と、健全な欲まで否定して
すねていくこともあれば、では死なのか?という極端な問いかけを始めたりする事も
ないとは言えないからです。

 わたしたちは、今、ここに書いたり、読んだりしているという事は、大丈夫な状態な
わけですが、決して人事ともいえません。
こころの認識違い、こころの掛け違え、思い違いが(前出で、私はこころの歪みと表現しましたが、
歪みという表現が、自分にとってキツければ、この言葉を使わないのが賢明です)
反応するときというのは、今、健全な、健常な状態からは思い当たらない、「思い」が
出る事だって実際にあるからです。   どんどんヘコんでいく時なんか、そうですよね?
何となくわかっているのに、とめられなかったりするでしょう?

さて、動機の質を問うというのも、まだまだ先でも良いのです。
似たような事で、「良心に問え」とも言われます。
ブッダも同様の事を言っています。
良心に問えといわれれば、また、良心ばかりで行動も言動も、考えもできませんから、
自己嫌悪に陥りそうですが、そんな必要もありません

まずは、良心に問うという作業は賢明ですが、良ばかりになるという事は不可能です。
私たちにできることは、善悪のジャッジメントをなくすことで、悪をなくしていくのです、最終的には。
悪でもいいんだな、ヘッヘッヘ~という意味ではなく、
悪に反応しないという事です。反応しないなら、あってもカンケーない  って事です。

仏教でハスがよくモチーフにされるのは、そんなハスの生育する性質によるものです。
ハスは、泥の池の中でも、その泥に影響されず、綺麗な水分を吸い上げて、
綺麗な花を咲かせる   という事で、
このような例えとしてモチーフにされるのです。

ですから、あの人は悪い人だからと決め付けて、拒否したり阻害したりするという態度のことでもないのです。

このあたりは実践により、ころあいや程度や、意味がわかってくるものなので、
徹底的に考えすぎないでいくことが大事です。
そして、こういう実践に良いこころの態度の一つは、
クリシュナ神に問い合わせしてみて、
「あいた!やってしもたぁ・・・・・」と、いわゆる   悪、動機の不純さに気付いたなら、
それをたたいたり、抑制したり、切り離そうという努力ではなく、
やってしもたーって内容を、しっかり受け容れ、笑って反省する こころの態度です。

私って、可笑しい♪    なかなか、可愛い失敗するじゃない。よっしゃー、
じゃー、今度は気をつけてみるわ
と、そのことを成長の過程として、「失敗」として終らせたり決め付けたりしないこころの態度です。

これに気をつけていれば、ここからも、悠々と楽しく
クリシュナ神の天蓋の中を覗きつづける作業をつづけられます。

じゃぁ、どういう事で、その動機を調べたりしたらいいのだろう?
基準は?

自分の基準。   私たちの人生のシナリオはそれぞれ違うので、
私にとっては不正解の事が、あの人にとっては正解の事もあるのです。
だから、絶対に私的には許せないのに!   という事でも、あの人は、のうのうとしているのですよ。
そうそう、そういう事なんです
大丈夫、あの人のシナリオなんだから。あの人のシナリオ的に不正解なら、
それは、あの人にだけわかるクリシュナ神からの、チョイとした「気付けよ」という事が
人生におこるからです。

実は、ヨーガ的には、おおいなるものは、そんな事はしません。
あまりに10頭の馬にひきづられて疲れ果てたり、10頭の馬が、あちこちに暴れまわり、
頭をうちつけ続けたら、御者も自ら気付くという事です。

それは、クリシュナ神が気付かせてくれるというよりは、
我々は本来、クリシュナ神が居るという事自体、その機能を持っているという事だからです。

ですから、自分の人生のシナリオの中で、自分の基準をもとにして、
まずは、「注意しましょう」という目標と「推奨しましょう」という目標の二つに
照らし合わせては、自分の状態を調べていくのです。
自分を基準にして   といっても、それぞれ違うのですから、他のシナリオも尊重する事を
忘れずに。
自分を基準にするというのは、自分の好きなように、好き勝手にという意味ではなく、
自分にしかわからない感性は、自分で感じましょうっていう意味の方が近いと思います。

「注意しましょう!」という目標が、
インナー・ムーブの「こころのヨガ」のところで出てきていました「ヤマ」にあたります。
・ヤマ(禁戒) - やってはいけないことを守る。
暴力をふるわない・嘘をつかない・盗みをしない・貪らない・貞潔

「推奨しましょう!」という目標が
「ニヤマ」にあたります。
・ニヤマ(勧戒) - 推奨される実践するべきことをする。清浄・知足・苦行・学誦・神霊への帰入 (本来の自分への)

などと照らし合わせたり、それがよりできるように推奨目標をしていくことです。

時々説明いたしますように、ヤマにおける非暴力などは、
私は暴力なんて振るわないわ! と思うし、ニヤマの苦行って何よ?嫌やって・・・しょうじき・・・・

というようなものではありません。
禁戒は、実際に誰をなぐったりしていなくても、言葉で暴力はふるっていないかな?
思い、こころの中で人を攻撃していないかな? という質にすすめていければ、
すすめられるほど、御者は、馬よりにひいき的に存在せずに、クリシュナ神よりに
存在していけるのです。

勧戒も、苦行と言われるのは、たゆまずゆく  という事です。
たゆまずというのも、必死こいてゆく   というより、いつまでもこぎ続けられる舟の櫂の動きように
自分の身と共に。そして、気がむけば、チャレンジです。
やりたくもない事をやっていても苦行にはならないかもしれません。
チャレンジが楽しくて苦行をする時、はじめてその目的はかなっていくのだと言えるでしょう。

ヒマラヤのヨーガ行者には苦行と言う言葉は似合いますが、誰がイヤイヤ
山に入っていくのでしょう?誰が頼んでもいないのに、連れていかれるものでしょうか?
自らが、チャレンジを自主的にやろうという気持ちを保っているということです。
その状態が彼らの、こぎ続けられる舟の櫂の動きになっているからです。

バランスを崩さずに、
調べて暮らしてみましょう。

あなたのクリシュナ神を天蓋の中に、覗いてみましょうよ








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最近、いい感じで、自分のこころの歪みの部分が出てきてくれる。

こころの歪み??? そんなのあってはいけない
と思っている人は、捉え方を変えてみてください。
それは、誰にでもあることです。でも、観ないようにして生きていったりして、
自分では、なぜか原因のわからない行動、言動になっていたり、
原因のわからない不安になっていたり、自分の素直なしあわせへの壁になっていたり
するものの原因です。(意思鞘のアンバランス)

かといって、絶対にみつけだして徹底的にたたくような気持ちは持たないことなのです。

例えばヨーガでは、このようなところを
自力で自主的に、観る練習などもできます。

人に見せられたり、ちょうど受け容れられる時期でもないのに、無理やり引き出されたり
するもものでないので、ヨーガの方法は、
痛快なくらい、解放に向っていったりします。
自分の内側に、全て整っている   という事をヨーガは知っているからです。

ただ、私たちの内側には全て整っているからと言って、
まだ統制されていない状態で、好き勝手にすると、
手や足や目や耳や全てがバラバラに動いて、バラバラに好き勝手に別のものを欲して
四方八方に意識を散乱させているようなものなのです。

ヨーガの智慧は、それらを一つに総ていく方法を持っています。

強制でも抑圧でもない方法で、気持ちよく、総ていくのです。
いいなりでもなければ、依存でもありません。


菅野美穂さんのヨーガ旅をご覧になって、伝統のヨーガへの
チラリとした一面をご覧になって、なんだか憧れを持たれた方、
そのこころの  胸の    かすかなキュンとする気持ちを大切に育ててくださいね。
そして、その中で、菅野美穂さんが駅で購入されていたのが
『バガヴァット・ギータ』でしたね。
ヨーガの真髄の物語。

この中でアルジュナという主人公の一人は、「私たち」を表しています。
アルジュナは、馬車に乗っています。10頭の馬によって動く馬車です。
そのような状態の意識や身体や魂の関係性で私たちは存在しています。

この10頭は、五つの行動器官と、五つの感覚器官を表しています。

そして、その馬には手綱があります。
それを持っているのがアルジュナ(私たち)です。

さきほど申し上げたように、手綱をにぎって統べられなければ、
手や足の行動器官は、好き勝手に行きたいところ、好き勝手にやりたい事をやり、
目や耳や口などの感覚器官は、
あれを観たい、あれ聞きたい、あれ食べたいと、これまたバラバラに好き勝手にします。

私たちが何の訓練もしなければ、この状態だという事です。

「手綱をにぎれ」
これがヨーガではよく言われる言葉です。
5つの行動器官と5つの感覚器官には、それぞれ手綱がついている事に、まず気付く事が大事です。
統べる事ができるのだという事実をです。統べる方法としてヨーガがあるという事実をです。
しかし、統べるには、智慧が必要なのです。

私たちは、統べられるという事実にも、普通は気付かないからですから、一体、どうしたら統べられるのでしょうか?

ここで私たちは、その馬車の御者、アルジュナである私たちの後ろには、クリシュナ神が乗っているという事実に気付くことが統べられる理由なのです。
アルジュナは御者の場所に座っています。後ろの天蓋の中にはクリシュナ神が常にいます。


御者は、手足や口や耳や目のそれぞれにやりたいこと、
行きたいところ、したい事のいう事を聞いていたらいいのでしょうか?
5つの行動器官と5つの感覚器官は、それぞれに主張があるでしょう。
10頭の馬は、あっちだこっちだと   ヒヒーン! ヒヒーン!と四方八方に引っ張りあって暴れるだけで、方向性の定まらないまま放射線状に引っ張り合う馬の馬車自体は、
どちらの方向にも動きはしません。

しかも、10頭の馬同士はひっぱりあっているようなものですから、
10頭の馬はヘトヘトになるでしょう。エネルギーの膨大な消耗です。
私たちは毎日、こんなエネルギーの消耗をしているだけなのだよと、ヨーガはやさしく語りかけます。

御者よ、しっかりしろよ!    あなたは、こう声をかけたくなるでしょう?
それが私たちなのです・・・・・・あぁ、私よ、しっかりしろよ・・・・・・・

私たちは、10頭の馬の好き勝手な言い分を聴いてやる事では手綱は握れない   という事です。
後ろのクリシュナ神に問い、馬の手綱をしっかりと握れ!
というのが、ヨーガであり、バガヴァット・ギータのまず示しているところです。

このクリシュナ神が  ヨーガの智慧、私たちの智慧を表しています。
そんなクリシュナ神、私の馬車には乗ってへんでぇ?  と思う方、それは違います

あなたは、後ろの天蓋を覗いたことがありますか?
10頭の馬の言い分ばかりを聞いては、あれがない、これが足りないと
今までの人生を送ってきてはいませんか?  
私は、時々はたと気づきます。あぁ・・・・・・馬にひっぱられているわぁ・・・・・と

覗いてみるのです。
クリシュナ神は、あなたの馬車に乗っている事がわかりはじめます。

でも、御者も慣れなければ、ある時にはクリシュナ神に聞きながら、
手綱を握り、10頭の馬を統べられるのですが、
自分にとって強烈な力の湧く欲にかられた馬が、急に強く走り出したら、
御者である私たちは、クリシュナ神や後ろの天蓋の事など忘れて、
その馬に、他の馬と、御者も、あれよあれよと言う間に引っ張られてしまうのです。

そして、その馬は、自分の欲をかなえられる場所に行き、ほんの瞬間満足を得ます。
しかし、それが叶えられた途端に、また渇きを覚えます。
この満足をもっと得たい!とまた、別の欲望に駆られていくのです。

欲望などというと、多くの方は、私はそれほど欲望はありませんとおっしゃいます。
ヨーガで言うところの欲望とは、そういう、強すぎる欲望というよりも、
もっと、微細な馬の動きにまで注意が可能になり、
その動きが手綱に伝わってくるだろう?
少しずつ、そんなにひっぱられるようなものではなく、馬の意思を手綱に感じては、
統べるのですよ   と言っているのです。

天才騎手、武豊の事を弟の幸四郎は、「あいつは馬なんですよ」と言っていたのを聞いたことがある。
申し上げておきますが、幸四郎は名騎手です。
しかし、どうあがいても、兄の豊にはかなわないと言って、なんであんなに強いのかという事で、
「あいつは馬なんですよ」  と、落ちをつけたのでした。

兄、武豊は、それほどに馬の事がわかると。
きっと幸四郎にも素晴らしくわかっているはずです、名騎手ですから。
しかし、もっとあんなにすごい、強い豊は、馬だからなんだ としか例えようもないくらいに
賞賛したのです。


誰でも天才 武豊になれます。
これがヨーガなのです。
天才だからなんだよと言ってしまえば、そこまで。
誰かを目指すことはヨーガではない、あなたがあなたを目指すのであれば、
あなたがあなたの天才になれるのであれば、

ヨーガの道において、なんであの人はあんなに馬の事がよくわかるのですか?
と問われた最後の答えは、
「あの人は神なんですよ」に匹敵するわけです。

ここで、ご注意申し上げておきたいのは、ヨーガにおける「神」というのは、
あらゆる偶像でも、人格でも、またあらゆる特定のなにものかではありません。
私たちの心臓を動かしているのは、なに? 私たちを存在させている力はなに?
この答えにあたる「おおいなるもの」    です。

さぁて、私にもわかりません。それは、武豊のようになるまでは。

そして、ここでもう一つ大事な点が、武豊は、馬をよく知っているが、
決して馬の言いなりにはなっているから強いのではないということです。
御者である武豊は、馬の行きたいところに行っているのではなく、
武豊の内にある、御者の後ろのクリシュナ神のままに、手綱を握っているのだということです。

もう一つ、誤解がないように申し上げると、確かに、一つの世界で名を馳せるような
この方は、ヨーガの道にも通じる方だと思いますが、
武豊が、ヨーガのそれであるという意味ではありません。悪しからず


難しいかもしれないけれど、案外にやりはじめると面白くてやめられないのです。
少しずつ上手に手綱を握れるようになれば、
多くの恩寵があるのですもの、やめられない
面白くつづけられるという意味です。


この10頭の馬を統べるには、
10頭の馬がいることをまず知ることです。体感でです。
そのために本来ヨーガがあるのです。

身体を意識化する、呼吸を意識化する、感情を意識化する、
自分の行動のクセを意識化する

それが、10頭の馬を   体感していく事につながっていくのです。



もう、みなさんは、出発しているのです





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4月18日(金)(ナイトリフレッショ・ヨガ クラス)


~んぎゃ!~



今、回転のアサナをやりはじめていますが、
回転のポーズ自体を知る   こという事は  大事です。

 やみくみにやっても、
どこをどんな風に「意識」するのものなのか  がわからないからです。
 
 例えば、ゲームをするときなら、
やみくもにやってできることがあります。
特に、ゲーム自体になれている人は、何となくこうするものだろうっていうのが わかったりもして。

一つ、何かに通じている場合は、それをあたりにしてできるので、
ヨーガのアサナにしても、わかりやすいかもしれません。

それでも、ゲームも、失敗します。
「なんや?これ?攻略できない!」って時がきます。それを考えてやるのが楽しい人もいます。
でも、リスクはある。説明書だけは読んでおけば良かった  なんていう
イージー・ミスは、ゲーム好きなら、ありえない失敗かもしれません。

ボタンの操作は、しっかりわかってから始めるはず。
ゲームは、主人公が死んでしまっても、また一から始められるから良いけれど、
私たちの身体は、いためたら、そうはいかないですからね、
大事なんですよ。

アーサナのDVDを取り扱っていない理由、わかって頂けたでしょうか?
そのかわり、安全で主人公がいたまない「やさしいからだほぐし」のDVDはあるわけです。

このDVDは、
会員さんで、しっかり通うリピーターの人にしかお取次ぎ致しません。
ご了承ください。

リピーターで、忙しくてお休みの多い方なんかは、逆にぜひお持ち下さい。

お約束頂きたいのは、
DVDをお家で実習されても、お教室で必ず確認してくださいね、
そして、私にチェックしてもらって下さいね。
このDVDがあるから、通わなくてもいいとは決して思わない事、
このお約束ができる方にこそ、ご活用頂きたいと願っています。

ですから、そんなあなたは、ぜひ、使って頂きたいです


そして、安全にではあるけれど、身体の意識化の感性をあげるブリージング・エクササイズは
いかがでしたか?

んぎゃ!

だった方も多かったようですね

(さすが関西人ですよね、あれだけの様を「んぎゃ!」の一言で言ってしまう、擬音使い。
そして、その一言できっと全てを悟ってくださるだろう、皆様の達人級擬音使い)

あれはね、無理をするものではないんですよ。
最初にご注意申し上げたように、運動とか、筋肉、身体を「動かしている」という感性から、
自分の身体自体をよく感じる感性に
少しずつ育てていくプロセスだからです。

素晴らしい意識化をされていたYさん、よくわかりましたよ。いたーいだったのにね?
意識化、意識化とよく自分を感じておられたのが
ずいぶん、感性育ってきていますよ、その調子ですね。


みなさん、その調子で
また来週もね。     そして、   んぎゃ!が変化していくのも楽しんで味わっていきましょうね。







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或るヒーリングのつづき。

或るヒーリングについての本がある。
手に入りそうなので、手元に届いたら、調べはじめよう


或るヒーリングをしてくれた方は、別のヒーリングもするそうで、
それは、いったいなんだろう???
と思い、それについての本は、そく薬剤師の先生に借りた。

読みはじめてみた。
う・・・・・・・・・ん
覚えのある、頭の変な感じ・・・・・・・
あぁ・・・・・・自由な発想、それぞれの人のそれぞれにある感性を伸ばす方向ではなくて、
それらを、にこやかに否定する、実は内心「これが正しい!我々が正しい!」という場から起こる、
あの感覚・・・・・

思考がもやけて、自由な感覚が止まる・・・・・


うぅぅぅん。
もっと、客観的に読んでみよう   そうではなくて、そこにある
主張されている、本質が読み取れるはず。






数年前からお付き合いのある薬剤師の先生がいらっしゃる。
この方、「エネルギー」や「ヒーリング」などにここ数年は力を注いでいらっしゃり、
時々、自分の行かれた場所や、勉強などについて、お話してくださる。

確かにそうやなぁ

と思う。

 でも、いろんなワークなどへのお誘いはお断りし続けていた。

ほんとうに、ヨーガって必要ないんです。全てが含まれていて。
続けているだけなのですが、続けていればいるほど、
あぁぁぁぁぁぁ、そうなんだなぁぁぁぁぁぁ、

これもそうなんだぁ、良かったなぁと、どんどん良かったの質と量が増えていく。

石油は、掘れば掘るほどなくなるが(ちなみに、一説によると石油は化石燃料ではないらしいですね?)
ヨーガは、掘れば掘るほど、もっと出てきて、量も質も増えて良くなるっていうのだから、
どんだけー    です。


必要ないけれど、時々私は別のものを試したりする。これは、誰にでもおすすめというわけではない。
私のマインドの性質的に、「自動化」を「意識化」に変容させるときに、
役立つことがあるのです。

 一つの事、一つの視点に留まる事を避け続けたいのです。
それは、魔がさせば自由な世界観をなくし、
広さと、固執を勘違いさせていくマインドとなる事が時としてあるからです。
ただし、ある一つの事がわかるまでは、一つの事に意識を留めることが大切です。
留まってしまえば、それを様々な角度から見るために、見る角度を変えて更に
その一つをよく知るという作業が有効になる   というような意味です。

お断りし続けていたワークなどでしたが、今回は、何の問題も波も特に今起きていないゆえに、
私の、実験魂、体験魂がムキっときました。
「やってみよ」

う・・・・・ん、なんかねぇ、今までにないタイプというかねぇ、
これはねぇ、伝えにくい!

そして、誤解を招くといけないので、こんな形では伝えない事にしよう!(えぇぇぇぇぇ??????)

でも、チャンスがあれば、実際にお目にかかった時に、お話してみよう。

良いチャンスが来れば。


受けてみて、意思鞘に安定が起こった。
それゆえ、生気鞘が安定して、食物鞘である身体にも解放感が起こった。

が、ここからが、私だからこそ観察できるところに行き始めた。

このワークは、どこの鞘に働きかけているものなのだろう?
もちろん、やっている人は、「魂」なんてすぐに言っちゃいがち。今回の方は別として。

そういう人の捉えている魂ってどこの事だろう?

食物鞘がしっかり捉えられる感性が整ってこそ、生気鞘が認知できるようになり、
生気鞘が整って初めて意思鞘が認知もされてくる。
ということは、このワークをする人たちは、これら全てをすでに、
認知している   という主張になる。


 とにかく、今回のワークは、結局なんだろう?
と今捉え始めている。

 終ったあと、整っていたものが、少したちとマインドの影響を受け始めた。
そうすると、やはり、マインドの力の方が強いんだ。

 その時には、マインドの落ち着いた状態になるよう調整できても、
自らのマインドの力は強いことになる。

 そこのあたりをもう少しハッキリしたくて、
次の日にもう一度受けた。今度は薬剤師の先生の方に。
この人も同じワークができるように勉強に行ったばかりだった。
 でも、これは高じて私には良い結果をもたらした。

 でも、やはり、マインドのエネルギーの方が強い。
マインドの力の影響が出ないようにするには、
①自覚して、そのマインドの力に影響されないだけの、観ている主体の意識を育てること
②反対に麻痺状態を作り出し、自覚ができないようにしてしまうこと

ヨーガは①の最前線。

そして、このワーク等は、これ以外だと開発者ややっている人は主張している事になる。

③勝手に変容する

です。


もう努力も何もする必要はないのです。宇宙にお任せしておけばよいのです。
というムーブメントです。

ヨーガのお任せというのは、カルマ・ヨーガ、オームという生き方にあたる。

この二つの決定的な違いを、
ヨーガ人は、自覚していけたら、素晴らしい。

正解かどうかなのではなくてね。正解は、人の数だけあるからです。

私はヨーガ人ゆえに、今のところ、意識の変容は意識化する以外に起きようがないと
自覚しています。

コーヒーを飲もうとして、カップがある事を自覚して、身体を動かしてこそ、カップはとれ
コーヒーを口に運べる。

カップがどれかわからなくて、どうやってコーヒーを飲むという結果を得られるのか
その理論がわからない。

飲んだ気になる

以外に、どうやって????????

それでも、確かに、カップがみつけやすいようにする、
よりよく目がみえ、身体が動かしやすくなり、その速度を加速するというような
意味合いのものかもしれない。

体験は先入観を持たずにやってみた。
そして、次は、それは一体何なのかをわかろうとする作業にかかろうとしています。

わからないのに、どうのこうの言えるものではないし、
わかった上で、私にも、みなさんにも大いに役立つとしたら、

私はまよわず、それを得ようと思う。

いつも、研究には時間とお金がかかる
でも、それがみなさんと私の役にたつものなら、嬉しいから、やめられない







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4月15日(ヨガ式リラックス クラス)

身体の感性アップ



さぁ、今日からまたアップしますので、
みなさん、よろしくお願いします!

この季節、ヨーガ・クラスも入れ替わりがあったり、ご入会があったりの時期ですが、
一年のうちでも、変わり目なので、
お正月からこのあたりで、来れなくなられる方、お休みになる方も増える時期。

そして、また、一年   私たちは、つづけていきましょう♪


身体の意識化の感性をアップさせる方法をやりました。

あれは、まだ緩めな方です。


キツイことしましょうっていう意味ではなくて、身体が整えば、感性がアップすれば、
今の時点では 

自分的に  「それは無理やって・・・・・」  と思うところが、できるようになりますよ 68

自分で自分に良いストレスをかけること、それによって、

こころのストレスへの強さが育ちます。

この方法をとれるのは、ヨーガ・セラピーをできる教室だからこそです。

単純にストレスをかける事によって起こる事ではありません。ヨーガと言えども違うのです。

そして、変お声かけしたこと、化の出てきているところが、よくわかる日でもありました。

変化してきましたよ、とお声かけしたこと、受け容れて、これからを またいきましょうね。113





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10日と少しの間、更新できませんでした。

インド中央政府公認ヨーガセラピストコースの最終論文をしあげておりました。
無事、12日に卒業いたしました。

これから、一層、みなさまのお役にたてるセラピストとして、活動していきたいと思っております。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。


また、4月20日、21日には、
スリランカから来られる、アーユルヴェーダの重鎮 Dr.チャンドラ・セーナの講義を
受けて参ります。

アーユルヴェーダ・セラピーについても、今後も研鑽し、みなさまにこころのこもった
セラピーをさせて頂きたいと思っております。


お問い合わせ等は、お気軽にページ右下のメール・フォームからどうぞ。





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