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Author:アバヤ
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ヒーリング・スペース・アバヤでは、神戸、尼崎、伊丹で、
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★インド中央政府公認ヨーガ・セラピスト                   ★インド中央政府公認ヨーガ教師            ★日本ヨーガ療法学会ヨーガ療      法士                 ★NPO法人国際ヨガ協会 教育本部師範代               ★NPO法人国際ヨガ協会北京都支部摩耶学園学園長        ★バッチフラワーレメディ・セラピスト                   ★バッチ国際登録プラクティショナー                    ★アーユルヴェーダ・セラピスト

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11月30日(ナイトリフレッシュ・ヨガ)


~二人ヨーガ~




今日は、今年を振り返りました。
早!!

と思われるかもしれませんが、これくらいでちょうどになってしまうのです。

振り返って、来年の目標をもう11月の間にだーいたい決めます。


そして、来年やりたい事や、来年の目標は、

とっとと、12月に、まず一回だけでもいいから、何か一つでもいいから
きっかけをすでに作って、スタートだけはさせておきます。

そうすると、年が明けた瞬間に、その流れがすでに


道としてできてきたりします。



その事を私が身を持って体験したのは、何年か前でした。

きっかけは、友人のアドヴァイスのおかげでした。

年末に一緒に食事をしていて、私のやりたいことの話題になり、
来年は、早速やろうと思いました。

そして、「来年早々にはじめるよ」というと、

「来年なんて気の長いことを言わないで。そういう事は、もう決めていることなんだから、
早速、何かもう初めてしまえばいいんだよ」


「えぇ?」


と思いましたが、早速、12月の30日か31日になっていましたが、
来年から始める事の参考になる本を買って、読み始めました。


そうすることによって、年があけてからすぐにはじまる勉強にすぐに
行動に移せたのです。

そして、それを少しでも逃していたら、とっても流れが悪くて、
次次にはスムーズには行かなかっただろうと思えることがあとでわかりました。


その時に、コツをつかんで以来、
来年やる事は、12月ギリギリでもいいから、何かタッチでもいいから
はじめることにしました。


アーユルヴェーダもそうなのですよ。
来年からやりたいと思っていて、ボチボチなんて思っていたのですが、
いいや!

と思って12月30日に、門をたたいたのがはじまりでした。


ボチボチと言っていたら、4月になるよ、だいたいスタートは


今日は、みんなで、今年一年を振り返ってみました。
そして、来年の目標も意志に刻みました。瞑想して。


良いスタートできるよ、きっと


そして、二人でペアになって、
ほぐしてみました。

マッサージに行っているみたい~

あぁぁぁぁ気持ちええなぁーーーー

と、楽チン  プラス   自分の身体を意識する
とてもいい、感性の勉強にもなりました。



そして、いきなりですが、

来週  忘年会です


他のクラスのさきがけになりますが、いきなり7日ですが、忘年会です!


名目は本当は何でもいいんだと   誰かが言われていました

そうなんですよね。

でも、忘年会ってことで


歩いていけるらしいので、教室が終わったら行きましょう。

ナンディ   というインド料理屋さんです

楽しみにしています


それから、他のクラスの人も熱烈歓迎ですから、
ご参加頂ける方は、ご一報いただけると、ハッピー倍増です






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11月27日(ヨガ式リラックス クラス)




肩こりケアと、インドの平等性



今日は、肩こりさんが多かったので、首、肩がゆったりほぐれる事にも
ゆっくりしてみました。

私のヨーガクラスでは、それぞれの人とそれぞれの時の体調をうかがうので
その都度、ぴったりのケアを心がけられるようにしております。


お忙しい方の多い、私の生徒さんたち。
これは、このクラスに限らず、どのクラスもなんですよ、これが(汗

私も忙しいからかしら・・・・・

みんな、私も含めて、がんばりましょーねぇ

とにもかくにも、気の滞りは大敵!

みなさんは、プラーナ・ヤーマを意思的に行えるように、いつも
練習しているわけですから、

意識の力で、意識でもあるプラーナを動かすのですよ



 それから、今日うかがったヨーガインド訪問DVDの感想を話してくださった
Wさんの言葉は、また深く、私も同じ気持ちになりました。

 ヨーガは、日本ではダイエットであるとか、そんな風にだいたい言われていて
インドでは全く違うのでびっくりした。

 精神とか、こころとか。

 それから、ヨーガの僧侶が、すべての人を平等に扱っていて、
すべての人を受け容れていて、
いろんな宗教も関係なく受け容れていて、

 平等で、

 日本では、こうあった方がいいとか、他人との比較とかで
人を決めているようなところがあるけれど、
みんな平等っていうの考えが、すごく良かった



 というような内容のことをおっしゃっていました。


 人の姿の違い、
 人の性別
 人の学歴
 人の身体的特徴
 人の生まれ
 人の暮らしぶり
 人の職業の違い


 そんなこともすべてかんけーない。    そんなのカンケーない!


 なのですね。


 それらの奥には、

 私たちには、同じ「命」という     働きがあります。
それが、共通で、同じなのです。


 ヨーガの真髄の一つは、この共通性でもあります。


 そして、スワミ・シヴァナンダの本にも興味をもたれている方もいらっしゃって、


私も、本当にインドの伝統の良い面もご紹介できて、

ワクワクな今日この頃です。


 みなさん、ありがとうございます。




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11月26日(セラピー・ヨーガ)


~自分だけの自分をはげませる言葉~



このクラスは、バッチフラワー・レメディやエッセンスを使って、
自分のこころを、行動をと内観しているので、

インパチエンスについて内観してみよう!は、
とうぜん

「あるよ」     になります。


ですから、それとは別に、自分が一番、パッと切り替わって、プラスに向う言葉

自分に勇気が出る言葉はどんなものかを内観しました。


考えて一つを選ぶのではなくて、記憶を辿るのでもありません。

それは、頭を使っているからです。
頭は理性で、無意識からのメッセージ、内観したい自分からの何かを

こうだろう、
このほうがいいのでは?
こうあるべき

で、阻止したりするからです。

じゃー、理性的でない方がいいのかというと、決してそうではありません。
わたしたちは、社会人として、理性的である事は大事ですし、
会社でなら、そこのルールにのっとって、自分の都合はなくして仕事にのっとるだけの
理性は必要ですし、

自分の気ままなこころと
それを客観的に観るだけの冷静な理性は必要なのです

でも、気ままな声を聴けないのも、
自分の本当の声を聴けないのも   また違うのですね。


本当の声を聴く   には、

この   頭がぐるぐるするのを、プラーナ・ヤーマによって鎮めて
そのまま、静かになるのに徹します。

そうすれば、
ツーって、   閃き   や、  ピンとくる感じで
何かがわかるようになってきますので、    慣れていきましょう。


そうして、みつけた言葉は、
それぞれの人に即した声でした。

それぞれの状況や、こころの負担などの背景があってこその言葉で、
それを思うと、涙が出ました・・・・・

そういう言葉は、
小さな頃に、両親や、自分を保護してくれる立場の人に励まされた言葉だったり、
また、逆に刷り込まれた、方向性だったり、そのような言葉の場合もあるので、

また、少しずつ、さらに内観をすすめましょう。


私は、誉められない子でした。

両親からすると、誉めたらしいですよ。

でも、誉められた感覚は私にはないんですねぇ。親の思惑とちがったりするの。


私の場合は、それで、私は誉められるに値しないものなのだ   というような
刷り込み方も自分にはしたように思います。

ラーチやパインや、セラトーやセントーリーなども、しばしば顔を出します。


そして、誉められると、居心地が悪かったりね。


でも、そんな中で、両親が素直に表現してくれているのがわかった言葉、
私が、その誉め言葉とその気持ちを受け容れられた言葉の一つは、

「みほは、勇気があるなぁ!」


でした。


今も、勇気という言葉は、私を励まします。

そして、可能な限り手放しに誉めてくれた祖父の言葉や態度は、
今もこころにしみています










11月25日(ナチュラル・ヨーガ クラス)


~一人一人のヨーガ・アーサナ~



人には、ひとりひとりの呼吸のペースがありますし、
ひとりひとりの身体の特徴があります。

ヨーガの時間で目をとじるのは、
感覚器官が外にむかないようにするためでもあります。

外に向くと、   人はすぐに、比較して自分をおぼえようとします。


そうして、   ほんとうの今の自分にイエスを出せずに、

あぁならなければならないんだ・・・

あぁやりたい・・・    と無意識に思い始めます。


ひとりひとり違うのですから、    もちろん、私とみなさんも違います。

私の誘導は、あくまでも誘導ですからね、私にあわせなくていいのですよ。

そして、私のほぐしや、アーサナを観て、自分が、意識しまちがっていたかなって
思うところは、より、自分に気持ちよくなるように参考にしてくださいね、

でも、あぁやらねば、    というのは、ありません。


その意味は、自分の今できること、自分が今一番気持ちよい感覚の
少しだけ次の事をするのが、最適だからです。


それぞれの人が、ひとりひとりが   自分の今   に向っていく。

そのために、目をとじて、自分の身体やこころの声に耳を澄ます

自分の身体やこころの感覚をよく受け取る、感じ取る   のです。


はじめは、勇気がいるかもしれません。

間違ったことをしていたらどうしよう    と人はどうしても思ってしまうからです。

ある意味、間違いなんかないんです。


今やっている目的と、よほど違うなら、私は、その方にちゃんと申し上げますからネ
もうちょっと、こうしてみてねって(^-^)

だから、安心して、自分の感じたとおりにやってくださいね。


今、大事すると良いのは、どうなろうとか、どうなりたい、どうしたらいいのか
をちょっと、おいて

「今、私、どんな感じ???」     です。


ほんとうは、結局これがずっと大事なんですね、だからこそ、やってみてくださいね。


私たちがやることは、何かを付けることではなくて、
余計な事をやめること、

これがアーサナのこころでもありますよぉ







こころの反応を観る


~かなりインパチエンス?~



ここのところ、各クラスで、
自分のこころの性質の一つについて、みなさんでまた観ています。

バッチフラワー・レメディで言えば、「インパチエンス」というこころの反応です。

イライラするわけです。
何でイライラするかといえば、だいたいは、  

んもー!まどろっこしい!  とか
ちゃっちゃとせぇーちゅーねん!  とか
ほんま、段取り悪いなぁー!   とか

人に対して反応したり、

自分については、

自分にどんどん課せ続けたりして、時間の「間」のスキマを自分に与えにくいとか
何と闘っているのか???というと、自分の行動に、無意識に、
ストップ・ウォッチをオンしてる感じとか、

予定をどんどん入れてしまうのもそうかもしれないし、
時間があくと、焦ったり、


という反応をはじめ、さまざまに反応します。

こんな性質が思い当たる人~?

という質問に、勢いよく手をあげる人の多かったこと。
私も、自信をもって、手をあげます!  むしろ、私だ!   というくらい・・・(笑


私は、普段からよく活用するエッセンスなのです。


そして、先日のナイトリフレッシュ・ヨガ クラスで、面白い話が出ました。

「これって、大阪人には、特に多いんじゃないですかぁ?」

そうかもしれませんよね!

大阪人というかぁ、関西人ねぇ(ハハハ


私は京都市のちょっと北の方で学生時代を過ごしたのですが、
入学式を終えて、はじめてのクラスでの自己紹介のとき、

ある人が言いました。
自己紹介の場でなのですが・・・

「あのぉ、みなさん、どうして京都の券売機は、切符が出るのがすごく遅いんですか?
京都の人は、あの速度でイライラしないんですか?
それから、なぜ、京都の人は、エスカレーターで歩かないのですか?
もー、信じられなくて、私、京都に初めて来て、カルチャー・ショックで、
面白くて、イライラしてならないんですけれど、みなさんは、感じませんか?」


と言った。

今も、時々に連絡を取り合う友人ですが、その時は、衝撃でした。

その意見に衝撃でしたし、
そのような意見を臆することなく発言できる立派さにも衝撃でしたし、
自分の意見をこのように是非には関わりなく、持てることにも衝撃でしたし、

その人は、とても自分らしく、その後も歩まれている、とってもチャーミングな人。


が・しかし!


インパチエンスな関西人の代名詞のような友人でしょ?


でも、一つ言えるのは、
その関西人は、その事について、みんな「自覚」できるという事。

インパチエンスですか?    と質問されても

「そうや、そうや!あるある!!」   と言える内観力を持っています。



なぜだと思いますか?


私は、関西人に才能を感じるのです。    気取らない   という。

気取らないという事は、どんな面も、そのまま観ていこう、そのまま認めていこう
という事につながります。

その後は、

ちょっとバランス悪いなら、バランスとれるようにしていきたいですね。

こんな反応

「んなもん、しゃーないがな!  生まれつきやっちゅーねん!」


という開き直りの必要さと、ね?

反省や、バランスとるっていう風にもつなげていけたら、んもー、鬼に金棒






11月23日(ナイトリフレッシュ・ヨガ クラス)


~チャクラの意識~


今日は、ウェアのことでも盛り上がりましたぁ

チャコットのウェア、いいねぇ。

選ぶとき、どうしよう・・・と迷っていたNさんにIさんは言いました~

「だいじょうぶですよ!ウェアからはじめても~、このクラスは、まずウェアから!
って事になりましたから」  って


そうそう。いいんですよ。


ウェアから楽しむのもOK~

哲学から入るのもOK~

フィジカルから入るのもOK~

東洋医学からもOK~

アーユルヴェーダから入るもOK~

バッチフラワー・レメディから入るもOK~

こころのヨーガから入るもOK~

インド好きから入るもOK~

ヨーガの意味合いであるところの宗教性から入るもOK~

美容から入るもOK~


ね?


だから、ウェアに興味ない方は、それでいいのよ

そして、興味のある方は、それを楽しみに様々ヨーガにつなげていくのも素敵


そして、今日は、チャクラを意識しながらのプラーナ・ヤーマをやってみました。

丁寧に、一つ一つ感じてみながら。
もちろん、感じてもOK、感じなくてもOK

どうしよう・・・わからない・・・なんていうのは、ぜんぜん思うことないのですよ。


それから、山のポーズは、指先までしっかり意識してみました。

みるみる、意識化できていましたねぇ、みなさん。

チャクラはね、色でも顕したりしますし、音でも顕したりするのですよ。
ですから、意識しにくいなぁって方は、
それぞれの色でイメージしたり、それぞれの音でイメージするという方法も
ありますからね、

また、チャンスをみつけてやってみましょうね。



それから、忘年会は、来週、また日にちをみなさんで話し合いましょうね

やっぱり、今、みんなインドに興味津々ですからねぇ、

できれば、ナンディでいきましょー。

「でもね、先生は、ナンディ続きになっちゃいますよ?」

と、Aさんが気遣ってくださいました。ありがとうございます
私のことは、お気遣いなくー。
だってインドでは、朝昼晩、毎日、カレーのおかずもカレー味かよ!?

なんですものぉぉぉ。

なんか、インドチックで、いいじゃないですか、フフフ

















スワミ・シヴァナンダの『ヨーガとこころの科学』


今、ヨーガ・クラスのみなさんが興味を持ってきてくださっている、
スワミ・シヴァナンダ。


私のおすすめのスワミの本を一つ、ご紹介いたしましょう。


この本は、ヨーガの真髄だと言われた、
こころを鎮めるのに、まず知る事だという、「こころ」自体の性質について

よくわかります。


私は、昔、この本でずいぶん、こころのヨーガを学びました。

そして、ある方に貸してさしあげたまま、かえってきましぇーん。


でも、それも縁、

スワミの教えがそこに行ったのだろうと思い、

私はまた新しく自分用に買ったことを思い出しました




ヨーガとこころの科学




『ヨーガとこころの科学』

マインドその神秘さとコントロール法


著者: シバナンダ /小山芙美子
出版社: 東宣出版
サイズ: 単行本


本体価格 1,980円 (税込 2,079 円)









11月20日(ヨガ式リラックス クラス)

~ヨーガ談と山のポーズ~



菅野美穂さんのヨーガ番組をこのクラスでも、
廻し観している。

観た人の感想や、こころに残ったところを聴いてみると、

バガヴァッド・ギータの第六章にヨーガの真髄が書いてあるという話。

ヨーガとは、こころが少しの風にも揺れないようになること

というような言葉で番組の中では話していたように思いますが、

不動のこころにすること   とも言われるし、こころ自体を超えること  と表現される場合もある、
その言葉の部分や


マクロ・ビオティックでは、食事は多くをとらないようにして、身体やこころ自体の力をあげようと
しているが、あの中では、インド人がアシュラムで、
「もう、いいですぅー!」と言わなければ、わんこそばのようにガンガン食べ物が入れられる

というのに、?????と疑問を感じた人や、


スワミ・チダーナンダが、病床にありながら、
ご自分が起き上がれないのに、
「私に何かできることは ありますか?」と聞かれた姿勢に感動したという人や

菅野美穂さんのアーサナについて等々


そんな風に、自分がヨーガを行っているからこそ、ヨーガを自分なりに暮らしているからこそ、
それだけさまざまな見方ができたのだと思い、
私は、みなさんに深く感動と、感謝をいたしました。


さてさて、ヨーガの真髄には、まさにこころを鍛えるヨーガが必要なのです。

鍛えるには、「こころ」というもの自体を深く理解する必要があるのです。


それは、難しい面もありますが、実に身近でもあります。

なぜなら、どこにいても、何をしていても、こころは、みなさん自身でいつも感じとることが
可能だからです。

なんと身近な行なんでしょお


そんな行を、私も日々行っています。
時には、すがすがしく、天使舞い降りるかのようにプチ悟りをし、

時には、鬼が自分には巣食っているいるかのように葛藤をしながら

つい数日前にも、鬼が撹乱しまして、えらい目に合いました・・・・・
(この話は、こころのヨーガとして、別にアップするといたしまして。)


食事の事については、ヒマラヤのヨーギは、木の実を食べて暮らすといわれています。
波長として、他の食物よりは断然野菜、野菜より果物、果物より木の実

と言われるところがあります。

が、しかし、  みなさんは気をつけてください。
じゃー、果物はガンガン食べていいのねー!というと、そうでもありません。

日本の気候や風土や文化を考え合わせてください。
南国の果物は、本来日本人と日本の気候で食するにはむいてはいないのです。

また、糖分も、えらいことになります。

私たち日本人は、穀物、特に米の胚芽や玄米から糖分をゆるやかにとっていくのが
大変あっているようです。

ですから、自ずとヨーギの場合は小食で、毎食必ず食物とるとも限らずですが、
私たちは一般生活者ですから、ある程度は食べましょう。

日本においても、禅僧の食事などにも言えますね。
食べるものの質と食事の量と作法としての食事など。



そして、山のポーズをしましたね。

なかなか四角くなって、三角お山にはなれないのですよねぇ。

コツですよ、コツ。

はっ!   っというコツのようなものをつかむだけで、みなさんできちゃいますからね!



おっと、それから、菅野美穂さんがアレンジでされていた、ねじりのポーズね、あれも
またやってみましょうね。

あれ、普通のねじりのポーズの方がよほど大変なんですよ?実は








明日は、早朝から

ラージャ・ヨーガの修行に行って来ます。


終わったら、仕事に向かう。


いままで、こうすれば行けることに気付かず、あまり参加できなかったけれど、

行こうという気持ちが、自然に本気になれば、

おおいなるところから、そうできる智慧が自然に湧く・・・・・・・


これ、まさにヨーガ。


そこでこころで感じたこと、得たこと、

身体を通して、悟ること、得ること、


またみなさんとシェアできますように





明日も、アーユルヴェーダの出張セラピーにまいります♪


アーユルヴェーダ・ティーつき。


明日は、ピッタ・ティー。


ピッタは、熱の要素をもっていて、
私は、ピッタバランスがあがると、

イライラしたり、ちょっと怒りが出やすくなったりもします。


そんな方には、ピッタ・ティー   なかなかいいですよ。


ご希望の方は、また、お声かけ、お問い合わせください。


いってきまーす。



11月16日(ナイトリフレッシュ・ヨガ)


~山のポーズ~カラスも!~




今日は、インナー・ムーブの説明しつつ、
自分には、インパチエンスの反応は、普段あるかなぁ・・・・・・・という内観もしてみました。

満場一致で、     あるあるある!!

そう、このバッチ・フラワー・レメディやエッセンスは、日本では一番飲まれているものの一つ。

日本の文化や、日本人の気質や、日本の精神的ストレスをものがたります・・・・・・


試してみるといいですよぉ。
時間的なイライラ、焦り、緊張に2滴


ふんわりと、落ち着いて、こころが、身体がしてくるから。


そして、アーサナは、山のポーズをやりつつ、

開脚と、白鳥のポーズでよい意識でできていたので、カラスのポーズもやってみました。

できない、絶対できないと思うと以前におっしゃっていたYさんも、
大分変わってきた

できるようになるかもしれない!


った感触でした。


開脚なんかや前屈なんかは、床に近づかねばーって意識が働くのですね。

いらぬ意識でございますよー。

その意識は、身体を縮めまして、緊張させまして、逆に、ゆったり床に近づけない。

ただ、気持ちよく伸びるようにしましょう。   結果的には、その方が床に近づいていくでしょお。


でも、そんなの関係ない!

ヨーガは、そんな度合いでよい悪いではないし、
アーサナも、床に近づくからなんぼでもないよ♪


インパチエンスじゃなくて、

焦らず、ゆっくりと、味わいながら、また来週もいきましょう。

年末が近づき、仕事も行事も忙しくなる時期ですが、

少しでも来れる時には、おいでくださいね。呼吸を整えるだけでも、中和はだいぶん違います。




それから、このクラスでも忘年会企画がもちあがりました。


お楽しみ企画担当をかってでてくださったAさんが、
来週や再来週に、みなさんに、日にちや場所をお誘いしながら、アンケートされると思いますので、

ぜひぜひ、みなさん、よろしかったら、一緒に楽しいひとときを過ごしましょう。


人には、それぞれ こころの向きというのがありますから、
参加して楽しめる方は、ぜひ参加してください。

いつもは緊張するから、そういうの苦手・・・でも、挑戦ねっていう方も、ぜひ参加してくださいね。


そして、どうしても苦痛になってしまうの・・・・という反応の人は、
あえて、苦しまないでネ。

また、気持ちよく   行くぞ!って時があったら、ぜひ、参加してくださいね。


私はいつも、みんなのサポート人。

どんな こころの向きの人も、みーんなOK

みーんな大好き。


それぞれの人の、興味あるところからヨーガに関わってくださることを大事にしてネ





ヒマラヤ修行・・・行くまで・・・の巻の二



3月に入ると、計算する日々となった。

私の「気持ち」は、一生もので、行きたいに決まっている。
さまざまな理由で、さまざまな気持ちで、この修行が、どれだけ自分の望んでいたものなのか
というものだったからだ。

人生の大体のことは、普通、
行けない理由は三つ

行きたいと思いながら、本当は気持ちが固まっていない。
行きたいが、時間の工面、休みの工面ができない。
気持ちと時間は工面できたが、お金が足りない


でも、これらは、何とかなる可能性が高い。

私の場合は、この全ては整っていた。というか、気持ちがはじめから固まっていたので、
この修行を知った時から、実際に行く2年前から、工面していたからでした。

時間は、仕事をしている周りの人に、1年と少し前からお願いをはじめていた。
「インドに修行に行きたい。今回のは、ヨーガの行者として日本で言う得度に行くものなので、
どうしても10日が必要です。一生ものの事なので、行かせて頂きたい」


「行ったらええやん」     えぇーーーー?????

普通の会社で有り得るか?
しかも、周りのみんなが「行ったらええやん」って。

寸前になって、知らんとか言わんといてよ、マジで・・・・・・・と思いました。

お金も、地道に何とかした。



なのに、私の行けないかもしれないという最大の理由は、私自身の乗り物空間への
激しい反応でした。

パニック発作でしょう。

 二年間の間、私は変わっていないように思って焦っていましたが、
今にして思えば、そうではなかったのです。

 私は、とにかくチャレンジをしていました。

真っ暗な空間にチャレンジした。
伊丹~東京間の飛行機にチャレンジした。
次の年は、伊丹~鹿児島間の飛行機にチャレンジした。
避難用具の直下型の避難袋でビルの3階から閉所感と対峙しながら降りた。


数をあげたらキリがないが、常にこんな風にチャレンジしてみていた。

絶対的に避けたい事に、むしろチャレンジしてみていた。

吉野の金峯山寺では、仏教の仏との縁を結ぶ、結縁灌頂も受けたりした。
これは、パニック発作の起こる者からすると、絶対的に無理と言える行事内容だ。

中で行われる事は、他言できない風習があるので、詳しく述べられないが・・・・・

仏を灯明として、こころを落ち着けて生きていく、その感覚を体感として得る事のできる
儀式でもあった。

これは、絶対的に無理な内容だけれど、これが内なる「大いなるもの」をたよりに
こころ静かにできたとしたら、私は、何かつかめるはずだとも思った。

そんなこんなの縁
そんなこんなの努力は続けていたが、

そのころと比較しても、インドに旅立つ日が近づくにつれて、余計に症状とこころの反応は
嵐になってきていた。

3月に入ってから計算していたのは、キャンセル料がかかる日に、あと何日か・・・
という事でした。

それまでは、何とかなる・・・って。

一番行きたいことに対して、ここまで反応をする、それほど
パニック発作等のこころの掛け違えは、私たちに苦悩をさせるものです。

パニック発作に限らず、私たちのこころの反応には、それぞれの人の背景があります。
人生の出来事、ストレスの知らずの間での蓄積、深い哀しみ  等々。

私の場合は、
人生での出来事は、一つで撃沈するかもしれないという出来事が、
なぜだか、

これでもかこれでもかと、いくつもいくつも重なり続けたのでした。

少しの暇もなく、

ある時には、一つでも死んでしまいそうな出来事が、二つも重なったりもしながら。

それが、10年以上に渡って、一寸の暇のなくというくらいに起こり続けていたあげくの反応でした。
それが7年ほど前にはじめてハッキリ現れたパニック発作だった。

やむを得ないよなぁと自分では思った。でも、それを許しきれなかった。
弱い自分があるからだと思えた。

時々はこう思った。
私は、何か理由があるに違いないよ・・・・・・
こんなのおかしい、おかしすぎるよ・・・・

だって、人生でたった一つでも起こったら、撃沈しそうな出来事なのに、
こんなに起こり続けるなんて・・・
よほど実は強いんだなぁ・・・

かといって、何かおかしすぎる・・・何かが根本的に間違っているに違いない


そんな事を思いながら生きていた。


間違っているなら、もっと自分を調べつづけよう。
一つずつ必ず、修正していこう。

必ず、みつけよう。

必ず、通り抜けよう。

必ず、それが一体何なのかを悟ろう。


しかし、私はそのどん底の苦しみの中にあって、人を人生を恨みきるような事はなかった。
(しばしば、すねていたし、しばしば、どーせ私はと、ひねくれていたので、紙一重だったに違いない・・・)

どん底にあって、私はこう思った。
「こんな苦しみを味わうのが、この世界でたった一人だけで済むならいいのに」

「こんな苦しいのなら、どうぞ、誰にももう、こんな苦しみが訪れませんように」


私は、苦しいときにこそ、毎日毎日祈りつづけた。

自分と同じように苦しむ人が決していませんようにと。

朝起きると一番に、自分の部屋にこしらえてある 「おおいなるもの」に感謝する壇に向って

「どうぞ今日も、この世の全て、この世の生きとし生けるもの全てがしあわせでありますように」と。


結果的には、そのような日々の地道な地道な積み重ねが、
おおいなるものの導きを得て、人やおおいなるもののチャンスが いつも助けとなって
それらの日々を、踏み越えたのに違いない。


~つづく~






11月13日(ヨガ式リラックス クラス)

~骨格図と照らし合わせて~



今日は、Kさんが、人体の不思議展で買ってこられた、骨格図の下敷きを持ってきてくださいました

最近、感じなおしてみている股関節を、骨格図に確認したり、

首の後ろに余裕を感じると、身体もこころも楽になるという事で、
いつもどこを意識してゆるめるのかを話しているポイントを骨格図で   「ここよ!」と
確認したり、


あんがい、誤解して認識している   「ひざ」についても感じなおしてみました。


意識、認識しなおしただけで、身体がものすごーく、前屈できるようになった方が多い。

おどろきでしょー?


何年も、身体の意識をまちがったまま、アーサナをしていても、ダメな点があるということ

最近ではみなさんが、がってん、がってんして下さっていますネ。


白鳥のポーズも、きれいに はばたけるようになってきましたねぇ


自分なりのうつくしさでいいのですよ。


それから、

ヨガ式リラックス クラスでは、
インドへの興味がふつふつしてきて、

インド料理屋さんに行きたい!という話題になり、
Wさんが中心になってくださり、

忘年会を企画することになりました。

みなさん、楽しい時間をすごしましょう!

12月18日(火)  ヨーガクラス終了後   塚口のインド料理屋   「ナンディ」に
行きます!


他のクラスの方も、ぜひぜひ、ご参加ください。

ご希望の方は、右のメールフォームか、コメント欄に どしどしお知らせください!





カルマ・ヨーガ・・・日常に生かすスタート



例えば・・・「選択」しなければならない・・・という状況で、起こりがちな反応の一つに
「先延ばし」の反応がありますね。

なぜだろう・・・?

状況を変えたくない。
変えることによって、新しいリスクを背負うだろうという事について、避けたくて逃げたくて・・・


また、何か暮らしの中で、起きる日々刻々とした出来事や、言われたことや
こころの中で、

緊張や、嫌だなどの反応。

それを正当化するために、私たちは
文句を言う、人に話して同意を得る、怒る、泣く・・・・

いろんな二次的な反応をしはじめる。





 そんな時は、自分に問いかけてみる。

自分は、何を変えたくないと思っているのだろう
自分は、何を手放したくないのだろう
自分は、何をされたと思っているのだろう

たいていは、変化することへの反応。

それが変わったら、手放したら  どうなると思っているのだろう

そうなると、何が怖いのだろう
何をされたと思うのだろう
何を失くす(損をする)と思うのだろう

そうやって、内観の練習をしていく



そして、なぜそこで反応するのか、人によっては、パニック発作のような強い反応をしてしまうのか、

小さくても、なぜ反応するのかなぁ

そこで、最近私のクラスで今、話題にしている「カルマ・ヨーガ」の生き方で解消していくのでした。


毎日の暮らしの中では、さまざまな できごとが起きて、出来事的に、
または、こころの反応的に、

例えば仕事の場なんかでもありますよね?

「~やってくれないか」

この一言には、さまざまな背景があったりしてねぇぇぇぇぇ。

何年もの蓄積している、その会社なりの背景や、
いつも自分にばかり仕事がまわってきて、
●子ちゃんは、いつも仕事こなさないは、時間になったら責任もそっちのけで帰ってしまう・・・
なんで、●子ちゃんは、それでいけるの?

なんて背景の中で、自分にはどんどん嫌な仕事がまわってくる・・・・

こんな時も

カルマ・ヨーガでのりきってしまう!

カルマ・ヨーガは、できごとや、内側のこころの中での葛藤や嵐をなくしてしまえる。

葛藤や嵐は、不安や恐怖からくる。
不安や恐怖は、また怒りや憤りや妬みにと発展していく。


やってくれと言われたことは、今の自分には、技術的に、または
不得意な事なので軽々とはできないとしたら、

なんで、わたしばっかりなんや! ●子ちゃんにも言うたらええやんか!

どんどんムカついてくる。


しまいに、被害妄想がふくらんで・・・・・「どーせ私は・・・・」なんて


カルマ・ヨーガは、人生のあらゆる局面で、「イエス!」と気持ちよく受け容れる生き方の方法


これが基本です。

嫌!    怖!   不安!   ウッ!     フリーズ!

なんていう反応が、小さいことから練習してみると、どんどん気持ちよさの力がつきますよ。



ヨーガでは、「オーム」というのは、「イエス!」という意味がある。

「よし!」   「オウ!」   「がってん!」


なんて感じ


オームは、アルファベットで顕すと    「AUM」  の音

日本でいう「あうん」   阿吽の呼吸や、狛犬の左右のお口の   あうん


また、アーメン     や   南無   も同様



それぞれの人の好きな音で表現してみる。


どれも同じ事を音で顕したのだから。


ヨーガではヒンドゥーでは、オームは、宇宙の顕れたときの、音とも言われ、
ものすごーく、力強い音として、声にだしたり、無言でだったりして、言ったりします。


そして、さきほど書いたように、

反応した時なんかに、


「オーム」  や「あうん」     「イエス」と言ってみてもいい、
受容的なこころや身体にしていくのは、とっても有効です。


どうして、ヨーガ行者は、このような音を使って、ずっと唱えたりしているのかと言えば、
こんな事もあるのです。


自分の、無駄に反応してしまうこころや身体を、そうではなく、
いつもバランスいいように、そんな体質に、こころに、自分でバランスとっている。


何かが起こってから、「オーム」や「イエス」と言う、思う余裕は、なかなかないから、

日常のいろんなときに、

「オーム」と身体やこころに響かせて、

素直にものごとを受け容れられる   素敵な  こころと身体をつくっておくことこそ、

めちゃめちゃ賢い生き方!



ムッカー!!!!ときているとき、鼻息フンフンしながら「オーム!!!!」と言っても、
その時のこころの内は、

イエス   なんかではないはずだから・・・・・・

「なんでやねん!!!」    という意味を込めまくって   「オーム!!!」

とか言っても、意味がねぇ・・・・


それは、私がいつも言っている、

おぼれた時に泳ぎを習えばいいわ  ウフ    なんてすましているのと一緒よ・・・・・

おぼれた時に、そんなきれいな顔なんかしていられるはずもないわ・・・
ウギャー!!!!!と、人を犠牲にしてまでも、自然に生きようとしてしまうものだもの。


だからこそ、鬼のいぬまに、命の洗濯なのヨ。

これって、そういう意味だと思う。

カルマ・ヨーガは、なかなか そう生きるのは難しい。


なんでも、鵜呑みにすることとは違います。

なんでもイエスで犠牲になることとは違います。


適切に、時期を申し述べたりするのもそうです。
「今はすぐに対応できませんが、いついつに必ずさせて頂きます」
「それは、道徳的にどうかと思いますので、私にはできかねます。」
「それは、法を犯すことになりますので、それは私にはできかねます。」


という、正統的なノーを    ちゃんとできるようになることでもあるのです




11月12日(セラピー・ヨーガ クラス)

~丹田力強化とカルマヨーガな生き方~



セラピー・ヨーガクラスでは、アーサナだけではなく、こころのボタンの掛け違いや思い違いなども、
みつめてはどんどん、軽やかな生き方に近づいていきます。

本日は、丹田力を強化する呼吸をしっかりと練習しました。

身体の重心もしっかりしてくるし、身体の意識もハッキリしてくる。

そして、身体も揺れなくて、こころも揺れなくなってくる。

そして、今、暮らしの中で選択をしようとしている生徒さんの状況を実際に例として


なぜ、そんな時にうろたえるのか

なぜそんな時にはパニック発作のような症状がでるのか

について、こころの状態と、こころのシステムを話してみました。


カルマ・ヨーガは、人生を肯定的に受け容れていく、気持ちいい~生き方の方法。

「イエス!」とさまざまなことを受け容れながら、暮らしてみよう!



思い当たる事に気づいて、意気揚々と帰って行かれた生徒さんたちでした。

私もがんばる。
一緒にカルマ・ヨーガね!


カルマ・ヨーガについては、
「ヨーガあれこれ」の「カルマ・ヨーガ」を読んでみてネ~


11月11日(ナチュラル・ヨーガ クラス)

~セクショナル・ブリージング(プラーナ・ヤーマ)~



本日から、ナチュラル・ヨーガクラスでは、

ランプ・ベルジェを導入!

いかがでしたでしょうか?

香りは、サンダル(ランプ・ベルジェではサンタルと言っているらしい)
「白檀」の事です。

空気清浄、新陳代謝アップ、免疫力アップ、アロマ効果 etc・・・

いいですよねぇ。

 ちなみに、私は家では「人参」を焚いたりします。

人参と言っても・・・カレーに入っているあの人参を想像しないでネ・・・
高麗人参の方ね

 疲れがとれるとかって聞いてね、焚いてみているのですが、
ランプ・ベルジェご愛用の方で興味ある方は、少量でお試しあれ~

 なぜなら! お部屋はもう、すっかり     「漢方薬屋さん」の香りになれるからです!



そして、ヨーガの方は、はじめてナチュラル・ヨーガに参加下さった三名の方と
共にヨーガな時を一緒に過ごしました。

プラーナ・ヤーマは、完全呼吸法を、やがて、やがて楽にできるようになるための
さらなる一歩として

セクシュナル・ブリージングとしてのプラーナ・ヤーマを行いました。

身体を三つのパートに分解して意識することにより、
ややこしい完全呼吸法も、
ここでは、このように意識すればいいのだな!とわかってくるのです。

そして、最後には、その三つのパートを一つにして流れるようにできるように
そのうち、そのうちなってきます。

字も、小さい時には、思うようにきれいに書けなかったですよね。
字は書けるんですけど・・・・・・・

それと同じで、書いて書いていると、日常でも普通に書いて書いてしていると、
何時の間にやら、スムーズに書けるようになってきますので、
練習を続けていきます。

でもね、やっぱり、ちゃんと習った人の字は美しかったですよね?
だから、やっぱり、習いながら練習することは、これまた大事。

そして、書道としてやる人の字は、またこれが奥深く、
習字をやっていた人の字とはまた、味が違って味わいがあって、よりいい感じなのと同じで、

徐々に、あなたもヨーギニ(女性のヨーガ行者を言いますが、特殊に捉えるより、ヨーガ人で
日々過ごせるような素敵な人ネ) で、いろいろ興味を持って暮らしていけたら、いいですねぇ。


 そして、プラーナ・ヤーマのときに「印」を手で作りますが、
印の説明も頭のすみに置いておいてくださいね。

 チン・ムドラーと言います。

 チン(大いなるもの)のムドラー(印)です。

 親指は、パラマートマを顕し、人差し指は、ジーヴァを顕します。
これを一つに結ぶわけです。

 大いなる意識と、人としての私たちの意識を結ぶ。


 

 次回も、セクショナル・ブリージングを練習する予定です。
そして、セツバンダ・アーサナ(橋のポーズ)もやってみましょう。

深く眠れないと言われていた方は、寝る前にぜひお試しください。

よく眠れるあなたも、お試し下さいね。
より深い眠りが得られるのではないでしょうか。

 今週の宿題は・・・・・・・・・

丹田の意識と、シャバ・アーサナを朝起きた時と、寝る前に意識するという事でしたね!

みなさん、やってみて下さいね





11月9日(ナイトリフレッシュ・ヨーガ クラス)


~プラーナ・ヤーマの無限の可能性~



今日は、いつもと違って、普段自動化しがちな ほぐしなどを全部おいて、
プラーナ・ヤーマの様々な方法の前に、
しっかりと座る、しっかりと呼吸をすることの大事さ、

また、この基本が 逆にどれだけのことを私たちにもたらすのかを
体験していただけたのではないでしょうかぁ

私のたとえは・・・・・・・

ちくわ   ばっかりで    ごめんなさいね・・・・・


でも今日は、ちくわ   にハマッて   すごくイメージができていた方が
何人もいらっしゃってくださって、
私もちくわと言い続けたかいがあったというものです

ずーーーーっと説明しつづけていたことでも、
はじめて聴いたように、はじめて納得すること、体得することがありますよね。

まさに、今日は、そんな方が何人かいらっしゃいましたね。


ヨーガってそんなものでね・・・・・私もよくありますよ。
それ、昔から言われている・・・・とか、それ、一番最初に聞いたことだったよな・・・なんて

私が最初に言われたこと

「息をして」

え????してないと死ぬやん??????

し・してるしぃ??????


と思いました。     息をするの意味が違うんですよねぇ。

みなさんも   ご理解くださるでしょぉ?


次に、

「息が吐けていないよ?」


えぇ??????

吐いてるみたいやけどぉ?????



と思いました。   

でも、もうおわかりいただけたでしょお?

今日のように吐けていなかったんですね。いつもいつも、あんな風に吐くわけではないにしてもね、
あぁいう風に吐けるようになっているのと、

私の最初のように、吐いているのかどうかさえわからないのとでは、

月とスッポンなんですよね。


未だに、私は吐けてなーい部類ですねぇ・・・どうも、呼吸は浅めなクセがあります。


だからこそ、呼吸の大事さも実感しているゆえ、みなさんにぜひ、ぜひ、
プラーナ・ヤーマの醍醐味を味わっていただきたいといつも思っています。

プラーナ・ヤーマも奥が深く、私がまだよくできないものがたくさんありますし、
知らないものもあるのですよ。


日本人自体が知らないようなものもありますし、ヒマラヤでしかしないプラーナ・ヤーマもあるからです。
ヒマラヤでプラーナ・ヤーマなんて、少々しっかりやれば、ぶったおれそうになるくらい。


不思議な体験をしてくださった方がいらっしゃいましたね。

身体動かしてないくらいの本日でしたが、
ずーーーーっと、股関節というか、足のつけねが痛かった方が、
しっかりしたプラーナ・ヤーマでこそ、痛みが消えてしまったという方。

実は、あれくらい意識して行うと、全身運動しているんですよ。

かといって、スーハースーハーなんて激しい事は、一つもしなかったでしょ?

意識をどこにもって行うかだけで、あんなに違うのですから、
人間って神秘的ですよねぇ。


中心力、丹田力を鍛えるの、楽しくなってきそうでしょ?

自分にあわせて、どんどんやっていきましょうね


ランプ・ベルジェ導入!


ナチュラル・ヨーガ クラスでは
今週末、11月11日(日)のクラスから、ランプ・ベルジェを導入いたします。


空気清浄、殺菌、免疫アップ、アロマ効果

などの効果があり、オゾン発生で様々な効果の期待できるランプ・ベルジェでオイルを焚きます。

まずは、せっかくヨーガですから、

サンダルウッド(白檀)


私が愛用するインド製のお香も、殆どはさまざまなメーカーのサンダルです。

メーカーによって、香りが違うので、好きな香りに出会えるのもいいものです。
また、ご紹介いたしましょう。


はじめてインドを訪れた時には、

「サンダル」と言われて、    何言ってんだろ・・・・・なんでサンダルサンダルって???

と思ったのを思い出します。
履物のサンダルしか思いつきませんでしたから。

今は、サンダルと言われれば、むしろ、白檀の方が先にピンきて、反応するのも
また妙なものです。


お楽しみに~







11月6日(ヨガ式リラックス クラス)

~マハー・ムリットゥユンジャヤ・マントラ~



今日は、NHKのヨーガ番組のお話をして、やはり、このクラスでも
バガヴァッド・ギータの第六章にある、ヨーガの目的の真髄についてのお話になりました。


 こころを超える、こころをゆれないようにすること


どうやっていけば、そこに近づいていけるのでしょう。

もちろん、アーサナもその一つなのですよ。
ただ、エクササイズや、身体をやわらかくすること、などという意味での肉体改革ではありません。

身体の改革は、意識をもってすれば、こころの改革になるからです。
ただ、身体を動かしていてもこころを改革することは、なかなか難しい。

今日は、いつもミュージック・セラピーとして流している音楽を
「マハー・ムリトゥユンジャヤ・マントラ」にしてみました。

この「マントラ」というのは、音のハーモニーで、「大いなるもの」を音のハーモニーで
あらわしていると言えます。

プラーナ・ヤーマをしながら、このマントラをただ、耳から入れていってみました。

聴くという耳の使い方をする場合、
聴きに行くような聴き方は、こころが動いています。

感動や、綺麗な音楽だなぁというのは、良いのですが、この場合は、これとは別に
まず、進むためにこそ、分けます。

「音楽」と「聴いている自分」

それが分かれ始めてくると、こころが動いて、自分をなくしてしまう
ということが、少しずつ少しずつ、なくなってくる感覚の一つとして、中和されていきます。

そんな練習の一つとして、丹田を意識して、しっかりした重心のある体となって、
呼吸を意識的に行って、こころが、自分から離れてしまわないようにしてみる。

そして、ただ、聴きに行かず、耳に自然に入ってきたものだけを聴き、
それについて、考えず、感情を余計に動かさないで、どんどんその情報を
ただただ、入れてはつぎつぎに流していくような感覚。


ただただそうしていると、今日の場合などは、特に、この大いなるものの音のハーモニーが
耳から脳に入り、脳波を整えたりして、静かなこころになったりしてきたり、

中には、いつもと違うこと、   非自動化した意識になれるからこそ、
ちょっと緊張したなぁという方もいらっしゃったはずですね。


こんな練習も、スタートしていってみましょう♪

そして、この練習に使ってみたこのマントラが
「マハー・ムリトゥユンジャヤ・マントラ」

恐怖に強く打ち克つマントラと言われています。
シヴァ神をあらわすマントラ。

オーム
トリャムヴァカム ヤジャーマヘー スガンディンプシュトゥ バルダナム
ウルバールカミヴァ ヴァンダナートゥ ムリトゥユー モクシャーマムリタートゥ


音のカタカナ表記は、微妙に様々違う場合もありますが、
これです。


シヴァ神に自分が強くゆれない心になれるように導きたまえという意味が
こめられています。


 私も、このような説明をできるような場を持てるようになって、しあわせです。


そして、そういえばと、忘年会しようという話になりました。
「ナンディ」というインド料理屋さんに連れていってくださるそうで、楽しみです!!

ナンディというのは、シヴァのかたわらにいる牛の神のつかいです。

なんと、ムリトゥユンジャヤ・マントラを味わって、ナンディに行く話になるとは

まさに、シヴァ神のご縁ですね。

この稀な流れに、大いなるものの導きを感じますね。






ヨーガやアーユルヴェーダでは、すべてのエネルギーの質を

3つのエネルギーの状態でとらえます。

(別のエネルギーの状態で分けるカテゴリーもあります)


①浄性

②激性

③鈍性


物質の質にも、私たちの肉体の質にも、こころの質にも、この世の全てのものを
この三つのエネルギーの状態で捉えられます。

(何度も言いますが、これだけで捉えるわけではありませんよ。
例えばアーユルヴェーダでは、ヴァータ、ピッタ、カパという分類もあれば、ヨーガにも
共通して、更に細分化した捉え方、分類も奥深いのですが)


 人間は、うまくできています。

苦しくなると防衛します。

それは大切な機能です。

でも、防衛ばかりしていたら人は成長はしなくて、体も免疫力アップしなくて、
こころの状態も打破できなくて、

また、やり過ごせても、またやり過ごせても

同じことで一生いたちごっこで、ハムスターがカゴの中の輪の中で
終わりのない動きを続けているようなものかもしれません・・・・・

さぁて、どうしよう

ヨーガは、そこから踏み出す道でもあります。

その方法を明確に受け継いできているものでもあります。

そんなの難しいはずよ、きっと、きっと、偉い人や、山の上に住んでいるようなヨーガ行者が
できるような事に違いないよ・・・・・と思いがちですが。

ヨーガは、全ての人のためにあり、全ての人に応じてあり、全ての人が必ずできるものです。


こころがどんな風にも揺れなくなることが   ヨーガだ

ヴァガバット・ギータにはそうあるんだよと、先日の菅野美穂さんのヨーガの番組でも出てきていましたねぇ。

揺れなくなるには、逃げなくなるのも一歩です。
腰が引けていてもいいのですが、逃げない。

苦しい時には、苦しいとよくわかっていれば、逃げなくて良いし、
その方が、実は苦しみは少ないのです。

それは、例えばこんな感じです。

注射を打たれるとしましょう。

大っ嫌いな人は、確かに痛い。
べっつにーって人は、別にそれほど痛くない。

なぜかと言えば、確かに痛さが違うからです。

嫌いな人は、嫌いだから痛さが倍増しているわけでもなく、
特に嫌いでない人は、だから、嫌いな人よりも痛さを感じないというわけでもないのです。


拒否のこころは、身体全体で緊張をします。それは、全筋肉だけではなく、
免疫機能や魂と言われるような細密な深部に至るまで総動員で。

針も受け付けられません。身体は、皮から筋肉にかけても侵入してくる敵を
絶対に拒否したいのですから。

そりゃ、痛さは倍増に決まっています。


一方、特に嫌いだというわけではない人は、
痛覚が鈍いわけではありません。痛いものは痛いのですが、
痛いものは痛いと覚悟しているだけのこと。

ですから、痛いのは別に好きではないけれど、全身全霊で拒否はしていないのです。

そうすると、皮も筋肉も、まぁ、必要で入ってくる針ですからね、痛いことは痛いけど
どうぞって感じで機能するのです。

そうすると、同じ針でも、痛さとその経験の苦しみ度は、全く違うわけです。



このように、私は苦しいことが多いと思う方は、
起きる出来事全てに、拒否の反応をしていることが多いはずなのです。

 だから、逃げなくても大丈夫なのです。

でも、あまりに自分にとってはショックな痛みで、それをその時点の自分では
あぁ、痛いけど、まぁ、受け容れましょう

なんて言ってられないような事が起こったり、自分にとっては、そんな事が
立て続けに起こる場合、

人の機能は、人としての命としての存在を守るために「鈍く」なって、
それを感じないようにしてさえも、自分を守ろうとするのです。

良かった、守られてるんじゃないか・・・・・というわけではありません。


それは、緊急的に守っているだけなので、
その状態が続くというのは、実は、怖がって、
膝下のプールで水遊びをしているように人生を送るようなもの・・・・・

せっかくだから、できれば全身を使って、まずは、足のつくところで泳いでみたいし、それができれば、足のつかないところでも泳げるようになれれば、もう、膝下プールなんて、怖くもなんともありません。
そして、今度は、海に挑戦もできるでしょう。
海には波はあるけれど、きっと膝下プールでチャプチャプしていた時とはちがう、
匂いや風や、空や景色がひろがっているはず。
時には、水も飲むかもしれないけれど、その景色の中にいる素晴らしさを
体験したら、やっぱり、そっちを選べるようになってくる。

自由に自分の意思で楽しみながら、様々なことを経験できるようになりたい
というような過程が必要なのです。

しかし、海が怖くなくなった人にとっては、そこはもう、特に危険に全身を緊張させて
怖さのあまり、拒否的反応をするような場ではなくて、
リラックスできる気持ちの良い場所になっているはず。

そして、同じように、膝下プールの人も、波は来ないし、水も少ないし、
泳ぐわけでもないから、事故も起きないはずだし、何より、泳ぐことすらしないので、
やっぱり、怖くなくて、安心なのです。


前者の行動やこころの状態や身体の反応の状態は「浄性」と言えるでしょう。
そして、後者は「鈍性」


しかし、後者の多くはこう感じていて、実際にこう言います。


「私は、もう水にはあまり恐怖を感じることもないのですよ。全身が水に触れていても
私は既に、特に反応することもありません。私は水はもう克服していますし、とても平安な状態なのですよ。
ビビることもありません。なぜなら私はもう、ある意味、水とは何かを悟っているからです。
まぁ、慌てることもないので、肝がすわっているとでも言うのかな」


こうして冷静に観ていると、ありえない!と思います。
そんな事、私は言わないし、思わないわ・・・

それは、客観的に捉えられている事だから、とんでもないわとわかることができるのです。


私たちは、全て
自分が逃げて、自分なりの膝下プールにいるときには、まさか自分が大海を知らないとは
気もつかないのです・・・・・・

知識で知っているから、わかっていると思ってしまうのです。
大海はどんなものかを読んだ事があるから、大海で泳げると思い込みがちなのです・・・・・


あぁ・・・・そんなの こっぱずかしい・・・・   でも、誰もそうなのです。もちろん、私も!

そうして、本当に大海を知識ではなく体験して泳げる人はこう言うでしょう。

「海は私たちをいつも受け容れてくれています。自分が不注意だと事故にあいますから、
いつも、細心の注意や準備をしています。そうして、私は、海の素晴らしさをいつも満喫できます。
もちろん、私の力ではとうてい無理な波があるときには、入りませんが、
大丈夫な波の時には、気をつけながらもそれに挑戦して楽しみます。
でも、そうしているうちに、昔と比べると、波の事もよくわかってきているし、ただ恐怖に身を縮めているだけというような事も、少なくなっています。しかし、海は奥深いものです。私にはまだまだわからないことばかりです。」


では、「激性」という状態は、どんな風に言うだろう


「海ね、まぁ、危険もあるけれど、大丈夫。この前もかなり危険な波の時にも平気だった。
まぁ、だいたいはもうわかっているから、ガンガンやればできるはず。
注意してたって事故が起きる時起きるんだから、そんなに準備したり、休憩しなくったって
ガンガンいけば大丈夫。数なんだよ、数!
まぁ、自分なんかは結構海にいるから、まぁ、全部とは言わないまでもね、だいたいはわかるね。
他の場所は知らないけど、まぁ、そんなに変わらないはずだし、いけるとおもうよ。
とにかく、波は制覇していかなきゃ。波なんてこっちからしかけていくよ」


またまた、嫌な感じじゃないですか・・・

こんな事、思わないし、言わないよ・・・と思いがちですが、自分がその状態にある時には、
口調こそちがえども、このような特徴で表現したり、こころの状態はそうあったりしてね・・・・・

あぁ、やっぱり   こっぱす゜かしい・・・・・・でも、私もそうです。


「激性」と他の状態は、見誤りは、少ないにしても、
「鈍性」は「浄性」と見誤るかもしれないよ。


静かで、水溜りになっているのと、

洪水のようになっているのとは、違いがわかりやすいけれど、

とうとうと流れ続ける大河のような、不動感と、水溜りの動かない感、
流れのなさ感って違う。



でも、やりがち・・・・・    気をつけろ!



11月2日(ナイトリフレッシュ・ヨガ)

~まずは格好からもヨガのうち♪~





今日は、チャコットのウェアのお話で盛り上がりました。

あなどれない、ウェアの話です。

同じ綿で・・・同じようなTシャツじゃないか・・・と思ったりしつつ、
同じようなパンツじゃないか・・・・と思ったりしつつ、

着てみると、あなどるなかれ、チャコットのウェア・・・・・・・

やっぱり、プロなんだ・・・Tシャツではないんだな?ウェアなんだな?

そんな事を身で感じる。

身体が伸びやすい、気持ちいいんですよ。


興味のある方は、一度お試しあれ。

他のクラスの方々も、ぜひ、お試しあれ。カタログを取り寄せておきましたので、
興味のある方には回覧いただいても結構ですし、また、みなさまにお持ちいたします。


 はじめたばかりなのに・・・ウェアをそろえて・・・なんて思うけれど、
テニスでもなんでも、やっぱりまずは格好から揃えたいんですよね


そんなことをおっしゃっていた、あなた。   

いいーんじゃないでしょうか!!!


私はかつてゴルフをしていた時、どこのトーナメントにお出になるのですか?という感じで、
ウェアだけではございません!
バッグから、靴から、そのシューズケースまでお揃いで、バブルを少々体験していた私などは、
その当時はまだ、ブランドを持つと「安心」していたような こころのクセもありましたから、
少々ブランドのゴルフバッグを購入して、ただのショートコースを回ったこともございます


 興味があれば、やってみましょうよ!

着てみましょうよ!


楽しいじゃないですか

ヨーガらしくなければヨーガではないというようなヨーガは、ヨーガでの本質ではないんですよー。

そのこころの性質が素直であれば、ヨーガヨーガ、ヨーカ゛のアプローチに
違いありません。

間カンペイじゃないですが、

きっとヨーガの大いなる師は「どっからでもかかってこんかい」
と、大きく手を広げて、私たちを導いて下さっていますよ。

 
 あとね、先日のNHKのヨーガのビデオ録画した方で、
DVDにダビングできる方、ぜひ、教えてください!

 観ていない方に、ぜひ、貸し出しできるようにしたいと思っています。

 DVDにできなくても、録ったから貸してあげるよ! という方も大募集させてください。


お店に持っていくか、韓国ドラマ好きの方は持っているとウワサに聞くので、
身近な韓国ドラマ通の方に、聞いてみますので、よろしくお願いします!



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